2017年03月29日

トランプ脱真実時代、何が起きているのか、 信頼できるニュースに重み。日本、言いかえ真実隠し

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 以下の記事は「宣伝と組織」4月1日号に掲載された、隅井孝雄
 ドナルド・トランプアメリカ大統領が就任直前、トランプタワーで開いた初記者会見(1/11)は、冒頭からCNNの記者との激しいやり取りになった。発言を求める記者に対して「君の会社はデマニュースだ」として、発言を封じるという異常な光景がさらされた。
 トランプ大統領は事実と異なる発言をくりかえしている。就任式典に集まった市民の数は推定25万人、2009年オバマ大統領就任式参加人数が180万人であることに比べ1/3と報道された。しかし大統領側は、参加者史上最高だとの主張を譲らず、メディアが航空写真を比較してみせても、報道官は、「もう一つの事実(オルターナティヴ・ファクト)だ」応じた。こうした状況をアメリカのメディアは「ポスト真実」(脱真実)の時代に入った、と批判している。
 真実、事実の重要性増す
 大統領と連動して「フェイク(偽)ニュース」がネットで大量に流されている。選挙中に100以上輩出した「フェイクサイト」の代表格「ブライトバート・ニュース」の主宰者だったスティーブン・バノン氏は、トランプ新政権の大統領首席戦略官に就任した。
 ワシントンポストなど多くの大手メディアは「ファクトチェック」で対抗し、トランプ政治をただす努力を傾倒している。ワシントンポストは大統領就任演説にも数々の誇張や誤認があったことを具体例で報じた。改めて「真実の報道」を貫き、正確な事実を伝えることが、重要になっている。さらに深く掘り下げた「スローニュース」の重要性を唱える新聞もある。
 ニューヨークタイムズ紙は大統領選後、一週間で4万人読者が増えた上、電子版有料読者が、3か月間に27.6万人増えた。「信頼できる記事が求められている」とNYタイムズの編集主幹は発言している。
取材拒否への抗議、会見欠席も
 主要メディアが筆を曲げないことにいら立つ政権は、取材排除という手段を使った。2月24日、ホワイトハウス内で開かれた記者会見には、ニューヨークタイムズ、CNN、ロサンゼルスタイムス、BBCテレビなどのほか10社が会見場に入ることを拒否された。その中には「ポリティコ」、「バズフィード」など、批判的なネットメディアがふくまれていた。AP通信と、タイム誌は抗議の意味で出席しなかった。
 戦争法が平和安全法、墜落が不時着
 日本でも「ポスト真実」の風潮が広がっている。安倍内閣の唱える「積極的平和主義」、自衛隊の海外派兵を合法化する「平和安全法制」などの言葉の言いかえが横行し、南スーダンで武力衝突はあるが戦闘状態にはないといった国会答弁、オスプレイの墜落を不時着と伝えるなど、事実の隠ぺいが起きている。
記者会見では質問の要旨は政権側に事前に渡され、政権の広報の場となっている。外務省など一部の記者クラブがフリーランスに参加を容認しているものの、質問が割り当てられることはない。
 アメリカでの政権とメディアの激しい対決を目の当たりにしている私は、日本のメディアが権力と正面から向き合っていないと、歯がゆく思う。

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2017年03月23日

木屋町の旧立誠小学校(映画発祥の地)、取り壊してホテルに?地元住民は耐震補強で映画など文化拠点として残すよう要望

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 (写真、1. 立誠校舎正門、2. 映画発祥の地の看板、3.リュミエール映画に登場、稲畑一家、4. リュミエール兄弟、5. 日本最初の映画撮影地真如堂)
 京都木屋町の高瀬川沿いに立つ旧立誠小学校が解体され、ホテルに衣替えする計画が進んでいると聞いた。立誠学区の住民たちは校舎を耐震補強する必要があるが、地域の文化活動の拠点としての性格を保つよう求めているという。
 私はこの場所が日本における映画発祥の地という性格を持ち、教室を改装した映画館も運営されていることから、映画を組み入れた市民的文化拠点として、この建物を耐震補強したうえで維持、保存すべきだと考える。前例としては、元龍池小学校を改修した京都国際ミュージアムがある。
 立誠小学校は1869年(明治2年)、まだ小学校の制度が公にできる前、地元の熱意でオランダ屋敷の跡地に誕生した「番組小学校」の一つだ。現存する校舎は1928年(昭和3年)に建設されたロマネスク様式の鉄筋コンクリート3階建て。高瀬川にかかる石橋が玄関口となり、アーチ型の玄関、装飾を施したバルコニー、畳の自彊室を備えた趣のあるデザインは注目された。児童数の減少から1993年(平成5年)に閉校したが、校舎、校庭はそのまま残り、様々な文化活動、市民グループの会合、運動会や盆踊りなどに活用されてきた。また児童が増えた近隣の小学校のために運動場などを使うこともあって、教育施設としての性格も保ってきた。
 京都市は数年前までは閉校になった小学校をそのままの形で保存してきたが、耐震補強する必要があるか否かにかかわらず取り壊し、再活用にする方針に転換した。京都市内の廃校校舎はいずれも文化財として貴重であり、立誠小学校はその最たるものである。三階建ての東側校舎は、その建築様式デザインから見ても貴重な文化財建築ではないだろうか。
 校舎の入り口には、京都市によって「映画発祥の地」として説明文字看板が建てられている。
 立誠小学校、稲畑勝太郎、リュミエール
 明治後期、この地は京都電灯会社の敷地であった。京都の実業家稲畑勝太郎は、京都府から派遣されフランス、リヨンの工芸繊維専門学校に留学していた時、のちに映画(シネマトグラフ)の創始者である、オーギュスト・リュミエールと机を並べる仲であり、帰朝にあたって、ルミエール映写機を一台譲り受け、持ち帰った。そし1896年(明治30年)、2月1日、島津製作所などの協力を得て、日本で初めてのスクリーン式の映画を上映した。これが契機となって、京都での映画上映、映画制作が始まった。同じころエジソンの「動く写真」も上映されたが、「のぞき窓」で一人ずつ見るという方式だったため、定着しなかった。
 ちなみにリュミエール式の映画上映を興行化したのは1900年(明治34年)に稲畑から権利を譲り受けた横田永之助である。また、最初の映画撮影は1908年(明治41年)西陣千本座のマキノ省三により、真如堂で行われた。タイトルは「本能寺合戦」であった。
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2017年03月16日

番組評 「青い目の人形の涙〜子供たちとあの戦争」(NNNドキュメント16年11月28日放送)、米英撃滅の思想教育、竹やりで突く

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 以下の記事は2016年12月5日、報道ワイド「おはようさんどす」(FM79.7京都3条ラジオカフェ)で放送された原稿に加筆した。 隅井孝雄、(掲載遅れお詫びします)。
 11月28日、「青い目の人形の涙〜子供たちとあの戦争」(NNNドキュメント、静岡第一テレビ)を見た。青い目の人形のたどった運命にまつわる話はしばしば聞いたが、今回の番組では、教育の場で、米英撃滅の思想教育に使われた、アメリカ生まれの人形が槍で突かれ、火で焼かれ、海や川に放られた悲惨な話が紹介され、敵愾心をかき立てる思想教育の行き着く先を見せたことが語られた。だが同時に、「青い目の人形を」を守った人々もいたこともこの番組の中で明らかにされた。
 「青い目の人形」は、日米児童の親善を願う、米宣教師シドニー・ギューリック師が募金を集めて1927年(昭和2年)に12,739体を日本に送った。人形はアメリカ各地の港から12隻の船に分乗し、同年1月から2月にかけて、横浜港や神戸港に到着、3月3日のひな祭りに、日本青年館や大阪中央公会堂で歓迎式典が開かれた後、全校各地の小学校に送られた。当時の小学校、幼稚園は26,000校以上あったため、受け取ることができない学校も多くあったようだ。そして答礼として同年11月に日本国際児童親善協会(会長、渋沢栄一)が56体の日本人形をアメリカに送った。
 16年2月17日、静岡に日本人形富士山三保子が里帰り。展覧会には、生き残った青い目と合わせて展示された。
 1943年(昭和18年)2月19日の毎日新聞全国版に、戦時中の青い目の人形の運命を知ることができる次のような記事がある。
 「青い目をした人形、にくい敵だ、許さんぞ、童心に聞くその処分」、15年前、日米親善の触れ込みで米国から我が国の各小学校へ一体ずつ寄贈になった“青い目の人形“は今にして思えば恐ろしい仮面の親善使であった。ある学校で人形の措置について生徒に意見を聞いたところ、憎い敵アメリカからの贈り物である以上、叩き壊せという答えが大部分だった。破壊、49名、焼いてしまえ133名、送り返せ44名、毎日いじめる31名、海に捨てろ33名、白旗を掲げて飾っておく、5名、米国のスパイと思って気をつけよ1名。
 なお郡の教育部では人形を一か所に集め、児童に敵愾心を植え付ける方法をとりことにした。文部省国民教育局では人形をできるだけ速やかに処置することを望んでいる」。
 また1943年3月9日読売報知遠州版(静岡)には次のような記事がある。
「焼けよ、仮面の親善人形」、今から15年前日米親善使節の触れ込みで全国各小学校へ寄贈された青い目の人形は、今にして思えば恐ろしい仮面の親善使節であった。静岡県掛川国民学校で5年以上のヨイコから答案をとったところ、大部分が“口に正義人道を唱えながら天人ともに許さざる鬼畜行為を敢えてなす憎い敵国アメリカからの贈り物である以上焼き捨てろ”、と勝ち抜く一億国民の敵愾心が童心にも強く反映している。同校では10日の陸軍記念日に、佐藤校長から人形の由来を説明したのち全校児童の目の前で、憎い親善使節を焼き捨て、敵愾心の高揚に務めることになった。その他の国民学校でも、この際、叩き潰すかあるいは焼き捨てることになった。
 当時小学生に聞くと、「川に捨てよといわれた、校庭に藁の家を作り、火を放って放り入れた。燃える人形を見るため、全校生徒が集められた」と語ってくれた。
しかし、当時あえて、人形を守ろうとした人々がいたことも明らかになった。学校の用務員がヤギ小屋に隠した、という証言もある。校長先生が、隠しのだろうか、校舎建て替えの時校長室の棚の奥から出てきた人形もある、番組は良心を捨てなかった人がいたことを明らかにした。
 
付記、隅井のメモ
京都には262体が送られた。16年8月、立命館平和ミュージアムが残った8体を展示した。また最新は今年4月、右京区の民家の押し入れから二体が発見された。一体は亡くなった母親の太秦小教師が学区から持ち帰って隠したと思われる。一体は他の学校の教師から託されたようだ。
 中京の高倉小にもメリーさんが1体ある。旧本能小に寄贈されたものだ。教師がこっそり持ち帰って保管していたが、なぜか衣服がなく裸だったので、衣服を着せで飾ったという。送り主であるシドニー・ギューリックさんの孫、ギューリック3世が昨年3月、日本を訪問した際、高倉小で再会した。全国には青い目の人形は330体が残っている。
 
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特集、デジタル天国、デジタル地獄、私のデジタル化思い出、今も続く格闘

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 以下の記事は「日本テレビ鳩友会(同窓会)会報第69号」(28年12月号)に掲載されました。
 (掲載遅れご勘弁を)
 私のデジタル前史
 テレビとコンピューターが結びつく時代が来ると私が感じたのは1983 年「世界コミュニケーション年」、“ニューメディア”なるものがしきりに喧伝されていた頃だった。当時私は民放労連の本部役員をしていたが、組合でも放送の未来がどうなるのか見極める必要があるという論議になった。そこでヨーロッパやアメリカに調査に行き、レポートを本(「ニューメディア最前線」)にした。映画やテレビの制作現場にデジタルの映像機器が入ってくる、電話やケーブルテレビがグラスファイバーにつながる。しかし地上波テレビはせいぜい「文字多重」が導入されることぐらいしかわからなかった。
 地デジが現実感を持って迫ってきたのはそれから10年後、1993年だった。そのころ私はニューヨークのNTVインターナショナルに勤務していた。折からアメリカでは、クリントン/ゴア政権が誕生、「情報スーパーハイウエイ構想」を打ち出した。毎年開かれるNAB(全米放送事業者協会)の機器展に日本から来る民放の人々と一緒に会場を回った。日本を一歩先んじていたアメリカでの地デジ進捗状況を調べることが仕事となった。規格が1080iになるのか、740pなるのかなど、大真面目で論議したことなどなつかしい思い出だ。
教材用にニュース映像を活用
 2000年、私は大学の教師に転職した。マスメディア論担当の私は、ニュースや報道番組をVTR(のちにDVD)に録画しては簡易編集でつなぎ、授業で教材として使うことになった。そして2011年地デジ転換。鮮明な映像、ダビングしても画質はそのまま。素晴らしい、の一言に尽きるといいたいが、困ったことが起きた。授業に使おうとしても、地デジ録画したものを家で編集する術がなくなったのだ。
 そこで私は素人なりに我が家にあるアナログ機器を活用、難関を突破した。
 デジタル録画機をDVR(デジタルビデオエディター)経由してアナログ録画機につないだ。必要な部分をチャプターで選び、プレイリストを作り、DVDディスクに順を追ってダビングすれば、教室で映す素材ができる。
 講演でのDVD上映、今もアナログ
 昨年大学を退任し、自宅での手作業も卒業したと思いきや、講演依頼が頻繁に舞い込むようになった。市民団体が多いが、大学やロータリーや弁護士会などからだ。
 最近テレビ報道の分野で様々な問題が起きている。国谷、古館、岸井の3キャスター一斉退任の舞台裏は?テレビ局が免許取り消しになるってどんなこと、放送法とはどんな法律? BPOっていったい何? NHKのニュースは政権寄りではないか?などなどマスコミ報道に対する一般市民の関心の高まり予想をこえるものがある。舛添問題、オリンピック問題、豊洲問題、さらには安倍政権のメディア対策の是非なども加わり、視聴者はニュースや報道番組、ワイド番組を真剣に見て疑問を発しているようだ。
 講演はたいがい1時間。池上彰の解説番組風にあれこれのニュース映像を織り交ぜて語るという機会が月に2~3回ある。著作権法では、大学の授業や、社会教育の講座のためにコピーを作ることは合法とされている。各局の報道担当の方々に、心の中で感謝しながら、テレビにニュース中から必要な素材を探し出し、デジタルと格闘してアナログDVDに編集する日々はなかなか終わらない。
 しかし、人々の関心にも波があるし、アナログ機器がいつ不具合になっても不思議ない。それほど遠くない時期に、現状を脱して、一視聴者として気楽にデジタル番組、4K、8K楽しむ日を送ることになるのではないかと予感している。
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2017年03月03日

「間違え受賞」のLa La Land, ハリウッドの黄金時代を現代によみがえらせた。20年代〜50年代のアメリカ文化最盛期へのオマージュがたっぷり仕掛けられている。

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 映画評 La La Land
 今年のアカデミー賞で“間違え受賞”騒ぎとなった映画「La La Land」を新京極Movixにさっそく見に行った(2/28)。
 久しぶりのハリウッド・ミュージカルだ。題名はハリウッド一体の地域の愛称であり、また「夢の国」という意味もある。映画の冒頭はロサンゼルスのフリーウェイ110号線。自動車の大渋滞で、運転している人々が次々に車を飛び出して歌い始めるシーンが圧巻だ。ここで主人公のセブ(ライアン・ゴズリング)とミア(エマ・ストーン)が出会う。
 ミアが働きながらオーディションを受けているのはワーナー映画スタジオにあるカフェ。演技を極めたいとリアルト劇場に「理由なき反抗」を見に行く。この劇場こそは1925年にオープンして以来、ハリウッドの興亡を見続けた場所だ。
 二人が夢を語り合い、歌い踊るのはハリウッドの町が眼下に広がる「マウント・ハリウッド・ドライブ」。カメラは16分のワンシーン長回しで絶妙なダンスシーンを追う。
 セブがミアに古いジャズの魅力を今の時代によみがえらせたいと熱く語る「ライトハウス・カフェ」は50年代から70年代にかけてのウエストコースト・ジャズの拠点だった。
 注意深く見ると、カーラジオから出る音楽、アパートの中の写真、ふと寄り添う窓辺、あざやかな色彩を組み合わせた衣装、などなどかつてのハリウッド映画、ハリウッド・ミュージカルへのオマージュが満載されている。
 感覚的には「カサブランカ」、「シェルブールの雨傘」、「ニューヨーク・ニューヨーク」などの雰囲気が流れているように私は感じ取った。
 古いジャズを現代によみがえらせたい、演技に、ナレーションにハリウッドを取り戻したい、とこだわるあまり、二人は別の道を歩み、挫折を乗り越え、そして初心を貫くことによって、それぞれに成功を手にし、幻想の中で出会う、というしゃれた結末を迎える。
 久々にハリウッドが黄金の輝きを取り戻したような作品の魅力を満喫した。ミュージカル映画のだいご味もまた、今によみがえったようだ。客席は満杯。若いカップルが多く見受けられた。
 アカデミー賞作品賞は「ムーンライト」だったが、「La La Land」はエマ・ストーンが主演女優賞、デイミアン・チャゼルが監督賞を得た。さらに撮影賞、美術賞、作曲賞、歌曲賞と6部門で栄誉を受けた。

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