2018年11月01日

世界を震撼させた、カショギ氏暗殺、イスタンブール(トルコ)のサウジアラビア領事館内で、日本も無縁ではない、様々な記者追放策謀








 


1811 PBS23 IMG_4515.JPG1811 領事館に入る23PBSIMG_4517.JPG1811 エルドアン24PBSIMG_4519.JPG1811 NW1107IMG_4518.JPG                                                                写真1.カショギ記者暗殺報じる米公共テレビ(PBS10/23)、写真2.イスタンブール、サウジ領事館に入るカショギ氏(PBS10/23)、3.暗殺の詳細を議会で語る、トルコ、エルドアン大統領(PBS10/24)、4.事件を特集で報じる米Newsweek日本版(11/6)

 無残としか言いようがない。サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマイル・カショギ氏がイスタンブール(トルコ)のサウジ領事館内で暗殺された事件(10月2日)が世界を震撼させている。
 アメリカの有力紙ワシントン・ポストが生前に彼が書いた「最後のコラム」を掲載した(10/17)。「アラブ世界に最も必要なのは表現の自由」と題し次にように記した。
 「2010年に曙光が見えたかに思えたが、希望は砕かれた。作家、記者の投獄、新聞の出版停止、インターネットの遮断などが政府の手によって行われている。プロパガンダではないアラブの真の声を広げたい」。
カショギ氏は1980年代、オサマ・ビン・ラディンを取材したことでも知られている。ムハンマド皇太子の近代化の陰に秘められた欺瞞に挑み、現在本拠地をアメリカに移した。
 サウジ政府はカショギ氏の領事館内での死亡を認めたが(10/19)、王室の関与には一切触れていない。トランプ政権は1100億ドル(約12兆円)の軍需物資を売却するなど、オイルマネーの恩恵を受け、追及はしないだろう。日本政府の動きも鈍い。
 記者の暗殺はひんぱんと起きている。パナマ文書の不正蓄財を追求したマルタの記者が爆殺された(昨年10月)。ヨーロッパ自由ラジオの記者がアフガニスタン取材の際テロで死亡(4月)、EU補助金汚職を取材中のブルガリアのテレビ記者が殺害された(10月)。国際組織「ジャーナリスト保護委員会」(CPJ)によると、今年に入ってからの死者は46人に達する。
 日本では1987年、「赤報隊」を名乗る犯人が朝日新聞阪神支局を襲撃、2人の記者を殺傷、「反日分子には極刑あるのみ」との犯行声明を残したがいまだ逮捕されていない。
 最近では、新たな手法で、取材、放送現場からの記者排除が行われている。2016年鋭い論陣を張っていた古館、国谷、岸井の3人のキャスターが一斉に排除された。背後には政府や右翼文化人の意向があった。NHK大阪で森友事件を取材していたA記者が、取材現場から配転され、取材を続けたいと他社に転職した(9月)。上層部から圧力があったとも語った。
 カショギ事件は日本のジャーナリズムにとって無縁ではない。(すみいたかお、ジャーナリスト)
 赤旗ラジオテレビ欄 コラム「波動」 10月29日掲載 隅井孝雄
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2018年10月30日

FM79.7の音楽番組ミュージックナウで、1940年代から80年代に活躍した「遅咲きのジャズの女王」、サラ・ヴォーンの特集。

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 Sarah Vaughan/サラ・ヴォーン特集
 FM79.7の音楽番組ミュージックナウで、1940年代から80年代に活躍した「遅咲きのジャズの女王、サラ・ヴォーンの特集。
 純粋なジャズの音質を持ちながらも、ポピュラーソング、ガーシュイン、クラッシック、ビートルズもこなす幅広い領域で活躍した。
 1924年生まれ。幼い時からピアノやオルガンを習い、18歳で、ハーレムのアポロ劇場のコンテストに優勝(1942年)、歌手の道に入った。折からジャズはモダンジャズ時代に入るとともに、SPレコードが44回転のシングル盤(ドーナツ盤)にとってかわる時代。サラはその美声と、ジャズのフィーリングを存分に発揮した。1945年に第二次大戦が終わると、ジャズ、とりわけモダンジャズは世界をリードする新しい音楽として、日本、ヨーロッパ、南米、アジアに広がっていった。その先頭に立っていたのが、サラ・ヴォーンだったと言えよう。下記のURLをCtrl押しでクリックすると「Summer time」を聞けます。
Sarah Vaughan - Summertime - YouTube
1. Black Coffee  B,1 3:17
1948年に録音された曲。翌年大ヒット。私は孤独の中にいる。眠りの来ない夜、自分でコーヒーを挽いてわかす。男は愛するために生まれ、女は泣くために生まれるのだろうか。朝が来ても枯れない涙・
2. I cried for you  B,3 2:25
  君のために僕は涙する。今度の涙は君の番だ。なんて僕はバカだっただろうか。二つの青い目、真実を語る両方の手があるというのに。
3. Perdido  B,4 2:27
私の心を探すと、そこにペルディードがいた。フェスティバルの始まった日、トリノで見失った。ボレロの演奏に体を揺らす。太陽が高い時、彼は近くにいた。月がのぼるとアディオス。ペルディードは心の中にいる。
4. Deep Purple  B,5 3:07
パープルの深い色が庭の壁に落ちると、星が空にきらめいて、記憶を霧の中に閉じ込める。あなたは驚いて振り返る、私の名を呼び、私はあなたをきつく抱きしめる。

FM79.7 「Music Now」10月24日放送
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2018年10月22日

コスタリカ軍備放棄して69年、世界5地域に非核地帯条約、合計99ヵ国が加盟 (ラジオカフェ、憲法サロン、10月18日放送)

1810 1軍隊廃止IMG_4494.JPG1810 2戦争で平和はアリアスIMG_4495.JPG1810 3アリアスノーベル賞IMG_4493.JPG1810 4トラテルコIMG_4496.JPG1810 5非核地帯IMG_4497.JPG
写真1.コスタリカ1949年軍隊廃止、2.アリアス大統領軍隊持たないことが最大の防御、3.アリアス氏にノーベル賞、4.南米33ヵ国非核条約、5.世界に非核地帯5か所
 軍隊のない国コスタリカ 
 人口480万人、九州と四国合わせた面積、細長い中米の小国だ。1949年に憲法で常設軍を廃止した。日本の敗戦からわずか4年、1947年に日本国憲法が公布されてからわずか2年後のことだ。コスタリカだけがどうして軍隊をやめたのかそのいきさつを、をたどってみよう。
内戦終結、戦争の愚さとる、アメリカの再軍備要請に平和外交展開
 1948年、大統領選で野党が勝ったのに、与党(カルデロン・グアルディア)が無効にして内戦が起きた。隣国グァテマラの支援もあって野党陣営が勝利、新たに就任したホセ・フィゲーレス大統領が1949年憲法で軍隊を持たない憲法を公布した。戦うことの愚かさをさとったからだ。当時第二次大戦後であったことから、軍隊不保持、軍事力不行使は世界的な趨勢でもあった。
 1979年、ニカラグアで、ソモサ独裁政権が崩壊、革命左派政権が誕生した。アメリカは中米共産化危惧した。冷戦さ中、レーガン大統領はコスタリカに再軍備要請。しかし1983年モヘン大統領が永世中立国宣言、1986年コスタリカ大統領選でもモヘンの後継者、アリアス大統領は「軍を持たないことこそ最大の防御」だと改めて表明した。オスカル・アリアス・サンチェス大統領は積極的な平和外交を展開、ヨーロッパ歴訪、法王にも英首相サッチャーにも会った、また中米の二国、ニカラグア、グァテマラにも対話を訴えた。ちなみに南隣のパナマも現在軍隊を持っていない。コスタリカアリアス大統領は1987年ノーベル平和賞を受賞した。
 コスタリカは軍備の代わりに教育、医療、社会福祉、自然保護に力を入れる。
 またスタリカは核兵器禁止条約の提案国だ。2007年マレーシアと共の条約の提案を国連に行ったことが始まりだった。
 予備役制度で侵入、侵略防ぐ
 コスタリカには常設軍はないが、国防のための交戦権は否定されていない、予備役制度があり、訓練している。1955年ニカラグアの後押しで保守派が国境超えて侵入したことが一回ある。予備軍が応戦して撃退した。非常事態が起きれば、国会の2/3の決議で大統領に、徴兵と軍隊の編成権が与えられる。また国境警備隊、公安部隊があり、「国の自主性守る」、「公安、秩序を守る」、住民の安全を守る」任務が与えられている。このほか沿岸警備隊(400人)、航空部隊(400人)があり、クルーザー、小型輸送機3機、軽飛行機14機、ヘリコプター3機を保している。
またアメリカからサブマシンガン、カービン銃、小銃、重機関銃などが供給されているなど、最小限の武器を保有している。
 軍備持たない27ヵ国
 コスタリカのように軍隊を持っていない国は27ヵ国ある
パナマ、アメリカの軍事介入で1990年軍隊が解体された。憲法で1994年軍事力の非保有宣言。
ハイチ、1994年軍事政権退陣の後、軍を解体、国家警察軍(7,800人)が編成されている。現政権は軍の再建を公約している。
アイスランド、軍隊がない、NATO加盟、駐留していたアメリカは2006年が撤退。少数の沿岸警備隊、危機対応部隊がある。
その他、非武装だが、関連を持つ他国に依存する国もある、例えばサンマリノ(イタリア)、アンドラ(スペインとフランス)、サモア(ニュージーランド)、ミクロネシア、マーシャル諸島、パラオ(アメリカ)
 中南米は非核地帯、2002年33ヵ国合意、メキシコ外交官アルフォンソ・ガルシア・ロブレス氏の努力実る
ところで、中南米諸国は非核兵器地帯になっている。メキシコの元外交官、アルフォンソ・ガルシア・ロブレスの長い年月の意欲が実ったものだ。
 1968年発効したトラテルコ条約にはラテンアメリカ、カリブの33ヵ国が参加している。トラテルコはメキシコの都市名で、ここで非核条約が締結された。
 核戦争の一歩手前まで行った、キューバの核危機(1962年)がきっかけとなった。1963年、メキシコ、ブラジル、ボリビア、エクアドルが非核化共同宣言を行った。ラテンアメリカ全体に広げようと、国連で提案、ガルシア・ロブレスさんが活躍することとなった。
条約は1968年、核兵器の製造禁止、核査察の定期的実施、受け入れなどを決めた。保有国にも合意を認めることを求め2002年完全合意を達成した。
 他にもラロトンガ条約(オーストラリアなど13国)、バンコク条約(フィリピンなど10ヵ国)、ぺリンダバ条約(アフリカ38ヵ国)、中央アジア非核地帯条約(カザフスタンなど5か国)がある。
 日本の役割は東アジア非核武装地域を作ることだ。

 参考、4/29/’18 サンデーモーニング 映画「コスタリカの奇跡」
 池上彰スペシャル、なぜ世界から核がなくならないか(フジテレビ1/7/18)
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2018年10月19日

世界ドキュメンタリー「内戦からの旅立ち」、難民に苦難に陽を当てるドキュメント、ドイツで移民拒否の右派「ドイツのための選択」勢力拡大

 1810 ドイツ入国を待つ親子IMG_4488.JPG1810 ISに拉致された父親IMG_4490.JPG1810 番組タイトルIMG_4491.JPG1810 バイエルン敗北のCSUIMG_4492 - コピー.JPG
 写真、ドイツ入国待つ一家、ISに捕らえらた父親  番組タイトル、バイエルン州でCSU敗北      
 10月14日に行われたドイツ、バイエルン州の州議会選挙で、与党のキリスト教民主党(CSU)と社会民主党(SPD)が大幅に得票率を減らしたことが報道された(10/16朝日)。CSUは47.7%、68年ぶりの低得票。SPDは20.6%から9.7%に凋落した。代わって得票率を増やしたのは緑の党(9.7から17.5へ)、右派のドイツのための選択は、ゼロから10.2%を獲得した。
 私はこのニュースの直前アレッポから脱出した母親と3人の子供が苦難の末ドイツに難民として入国、ようやく人生の希望を取り戻した、というドキュメンタリーを見たばかりであった。しかし「ドイツのための選択」など右派勢力の予想以上の伸びは難民の排除につながりかねない。
 NHKBSドキュメンタリー「内戦からの旅立ち」(2018年10/4再放送)は、イギリスITNの制作(2016年)。
 この番組はシリアの激戦地アレッポに踏みとどまっていた一家5人(母親ハラ、長男ムハンマド12歳から15歳、長女ヘレン10歳から13歳、次女ファラ7歳から10歳、三女サラ4歳から7歳)が、父親のアドバイスで、トルコの難民キャンプを経て、ドイツに定着するまでの3年間に密着したドキュメンタリーだ。父親はアレッポにとどまり、闘いの道を選んだ。
 一家は受け入れてくれたゴスラー市(ドイツ北西部ニーダーザクセン州の州都)は高齢化による人口減少で難民を歓迎している。折からドイツ政府も難民受け入れを拡大した。市から一人当たり月350ユーロの給付金と家具付きの家を与えられ、4人の子供たちは学校に通い、友達も出来た。
反政府軍の司令官として戦っていた父親は、残念なことに不意にアレッポを襲ったISに捕らえられて行方知れずのままだ。しかし子供たちは未来に挑戦し、ドイツ語を学ぶ毎日だ。
 姉は、ベールを脱いで自由な空気に染まり、長男は母国へ戻る日に備えて、勉強に熱を入れる。そして幼い2人の妹は、ドイツの学校と新しい友達に溶け込む。戦争のない暮らしの中にいる生き生きした4人の子供たちの姿が描かれた。
4人兄弟がドイツに暮らして1年、そのドイツが、難民の受け入れを拒む社会に変わろうとしている。ようやく幸せをつかんだ一家の周辺が、急激に変わりつつあると想像される。
 このドキュメンタリーが制作されてわずか2年。新たな状況のもとに置かれ、変化に直面する難民たち。現状を知ることができる番組を新たに、制作、放送する必要がある。
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2018年10月15日

新造語「TAG」を大宣伝、日米貿易交渉の「いいわけ」偽装、安倍首相、トランプと貿易交渉、押し切られたこと隠す

1811 TAG大見出しのニュースTBSIMG_4473.JPG1811 捏造と報じる赤旗、米に押し切られたと報じる朝日IMG_4484.JPG1811 IMG_4474.JPG1811 TAG,FTAの説明に苦慮サンデーIMG_4478.JPG自動車関税大幅引きあげの可能性もIMG_4485.JPG

写真、1.TAGトップの報道も、TBSニュース23 2. 問題ありと伝える新聞各紙 3.日米貿易交渉の様子 NHK7 4.説明に苦慮するテレビニュース サンデーモーニング、5. 自動車関税大幅増の可能性 報道ステーション

自民党総裁選で、安倍首相が三選され(9/20)、10月2日には第4次安倍改造内閣が発足した(10/2)。過去の例だと総裁選、改造内閣の後には支持率が上がる。しかし今回は、支持率がほぼ横ばい、不支持率が上回った。(支持37%、不支持40%、期待できる8%、期待できない37%、毎日新聞10/7)。「憲法改定、米国との貿易交渉、東京五輪」などを売り物にしているが、任期の三年持つかどうか? 
まずは就任早々、外交の舞台でついた「大きなウソ」の行方が注目される。
日米貿易交渉でウソの発表
総裁選で続投を決めた安倍首相はさっそく国連総会出席(9/25)、米大統領との貿易交渉(9/26)を行ったが、記者発表の場で得意げに「TAG」という新造語を使い、新しい協定を提案したように見せかけた。
日米貿易交渉でトランプ大統領は強硬姿勢、成果を得たい安倍首相は「貿易協定」(Trade Agreement)のあとに「物品」(goods)をつけた訳語TAG作って"新しい発想での成果を得た”と強調した。「TAG」 という文字は欧米系の通信社、新聞の報道には見当たらない。それどころか共同声明文(英文)にもない。外務省作成の日本語の「共同声明」にだけ「TAG」が記載され、日本のメディアが取り上げた。
共同声明のその部分を在日米国大使館の日本訳は次のように記している。「早期に成果が生じる可能性のある物品とサービスを含む重要な分野についての貿易協定の交渉を開始する」
 米は貿易全体を日米協議すると明言
トランプ大統領はTPP(環太平洋貿易協定)を脱退した後、メキシコ、カナダ、韓国などの各国に対し次々に2国間貿易交渉(FTA) を仕掛けてきた。グローバルな貿易交渉を排したアメリカ第一主義だ。
次なる目標は日本、トランプ大統領は69億ドル(7兆円)の対日赤字に達している日米貿易の不均衡を是正したい。対日貿易赤字の削減と二国間の貿易協定の締結を求め、「交渉に応じなければ日本の自動車に高い関税をかける」と脅されアメリカとの協議に臨むことになった。
今回の交渉は日本車も含むさまざまな農産物、工業製品、サービスその他の重要分野、つまり貿易全般について日米で協議をすすめるという結論だ。安倍首相や日本政府が主張する「物品(goods)」だけに関して交渉に限られてはいない。安倍首相がトランプ攻勢をはね返したような印象を与えるため、官僚が編み出したのがTAGという造語であった。「安倍首相は米政権との交渉は日米貿易協定(FTA)ではない、その予備交渉でもない」と国会で発言(5/8)、「この答弁に合わせるためねつ造した」(10/12赤旗)と共産党志位委員長は語る。
カタカナ語やローマ字3字にだまされない
かつて「トリクルダウン」という言葉で安倍首相が国民をだましたことがあった。「大企業や富裕層が潤えば、そのしたたりで一般庶民も潤う」、という経済理論だ。竹中平蔵氏が言い出しっぺだが、この理論をもとにしてアベノミックスなる造語が生まれ、株高をもひたすら目標にする経済施策が推進された。
アメリカ産の農産、畜産物などの関税低くするよう要求してくれば日本の食料自給率はさらに低下する。アメリカの対日貿易赤字の8割は自動車だ。米が関税を上げれば300万台、2兆円が打撃を受ける(日経6/24)。
アメリカは目下中国製品に340億ドル(4兆円)の関税を課して貿易戦争のまっただなかだが、その矛先がいつ日本に向かってくるか予断を許さない。
1985年アメリカの議会前で日本製自動車の打ちこわしがあった。私も当時取材沙汰が、アメリカの対日感情は最悪だった。その時代に逆戻りしない庶民の友好に基づく貿易が日米間に続くことを願わずにはおられない。
宣伝と組織 11月号 隅井孝雄 
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