2020年08月11日

ジャズ歌手としてデビューした石井好子

2007 1石井好子hqdefault.jpg2007 2若かりし頃、石井好子zaP2_G2529974W.jpg2007 石井好子IMG_0224.jpg
 画像、1、石井好子、2、若かりし頃の石井好子、3.この番組のパーソナリティー私
 シャンソンを日本に根付かせた石井好子、デビュー時にジャズ歌手だったこと知っていますか。 
 石井好子といえば、シャンソン界の草分けであり、牽引車でもあったことは知られています。また大物政治家石井光次郎が父であることも知られています。しかし東京音楽学校でドイツ歌曲を学んだこと、卒業後ジャズ歌手として舞台に立ったことは知られていません。
 森山良子の父森山久がバンドリーダーだった「ニュー・パシフィック・バンド」で歌い1945年「渡辺弘とスターダスターズ」の専属になりました。
 1954年サンフランシスコやパリに留学、たまたまシャンソンにふれたことが人生を変えました。
コミュニティーラジオの音楽番組、前回に引き続き、日本の歌手の歌うシャンソンです。日本のシャンソンを築き上げた石井好子特集。歌手生活45年記念CDでお送りします。
 シャンソンの歌詞には魂がこもっています。人生が込められています。それを置き去りにはできません。石井好子は、本場仕込みのフランス語を巧みに訳した日本語の両方で、シャンソンが奏でる詩的な世界を日本にもたらし、定着させた人でもあります。2020.7.11放送。
最初にお聞きいただいたのは「サンジャンの恋人」でした。サンジャン(St,Jhon)は、聖ヨハネ祭のことですが、フランス北部の地名にもあります。過ぎ去った淡い恋の思い出の歌です。
 シャンソンの名曲、「愛の賛歌」を石井好子の歌でお聞きください。日本語とフランス語の両方で歌います。エディット・ピアフの名曲です。
 次の曲は「愛のシンフォニー」です。過去の思い出の愛をしっとりと歌います・
石井好子は1961年「石井音楽事務所」を設立。後進の育成に専念しました。そして岸洋子、芦野宏、加藤登紀子、田代美代子らを育て上げました。1991年日本シャンソン教会を設立しました。1990年12月には歌手生活45年を記念、シャンソンの殿堂、パリのオランピア劇場リサイタルを開きました。日本人としては初めてのことです。
 最後に「愛しかない時」を聞いてお別れです。

1 サンジャンの恋人 Mon Amant de San-Jean 4 3:13
2 愛の賛歌 Hymne A L’amour 1 4:04
3 愛のシンフォニー Une Simple Melody 5 4:13
4 愛しかない時 Quand On N’a Que L’amour 7 3:23

posted by media watcher at 11:02| Comment(0) | 隅井孝雄のメディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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