2018年08月22日

京丹後旅行その2 丹後半島と古代史、日本の源流があった

DSCN1338.JPGDSCN1334.JPG
 縮緬と蟹で名高い丹後だが、実は日本の古代史で、縄文時代、古墳時代に繁栄を続け、日本の国造り、文化の形成に寄与したことはあまり知られていない。
 滞在中丹後古代の里資料館を訪れ、大変勉強になった。
 丹後の歴史は1万数千年前にさかのぼる。縄文時代には海と山に囲まれたこの一帯は、貝、魚、木の実を常食にする縄文人にとって、おそらく住みやすい地域であったに相違ない。縄文土器が地層から大量に出土している。弥生時代になるとおそらく大陸や朝鮮半島経由で入ってきたとみられる鉄器、ガラスの首飾りなども出土、文化的な装いをした人々がいたことがうかがえる。古墳時代になると、他の地域とは異なる円筒形の埴輪が大量に見られ、更に、中国から卑弥呼に与えられたと伝えられる、「青龍三年銘方格規矩四神鏡」も発見された。これにより丹後には一時期「王国」が存在し、大和地方の卑弥呼の倭国と連携していたと伝えられる。数多くの古墳が丹後半島に点在しているのだが、網野銚子山古墳(前方後円墳)は全長200メートル以上あり、日本海側最大といわれている。
 出雲地方と並んで、日本古代史のふるさとと言えよう。
posted by media watcher at 11:30| Comment(0) | 隅井孝雄のメディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
Media watch.gif

隅井孝雄のメディア・ウォッチブログ