2018年06月23日

6/23, 沖縄地上戦終結73年、先立って沖縄訪問、その一、辺野古(キャンプシュワブ)とチビチリガマ訪問、嘉手納基地も一望する

1805 座り込みDSCN1055.JPG1805 元名護市長DSCN1049.JPG1805 チビチリガマDSCN1066.JPG1805 ガマでの美沙子DSCN1067.JPG1805 嘉手納一望DSCN1072.JPG
 沖縄の旅 その1
 6月23日は沖縄戦終結73年、それに先立ち先月(5月)沖縄に旅した。二回にわたって掲載します。
写真、1.座り込み、「沖縄を返せ」を歌う、2.元名護市長稲嶺さんも、3.チビチリガマで遺族会与那嶺会長の説明受ける、4.説明聞き入る妻美沙子、5.帰途、嘉手納基地を一望
日本ペンクラブが年一回開く「平和の日」の集いに便乗して、久しぶりに沖縄を訪問した。
 そして5月19日、辺野古とチビチリガマへ行った。辺野古は今から10年ほど前に行ったときはボーリング調査に対して、反対派の皆さんが海辺のテントに座り込んでいた。こんな美しい海をと思いながら海岸を散歩したものだったが、今では座り込みは辺野古の北東山沿いの国道329号線に面したキャンプシュワブのゲート前。バスで30人ほどの人々と同行した。
 2月まで名護市長だった稲嶺進氏、長期に拘束された基地反対派のリーダー山城博治氏の姿もあり、二人から歓迎の言葉を受けた。
 辺野古の座り込みは2004年4月、海底ボーリング調査開始から。以来14年、5000日を超える。今でも警備する県警との小競り合いが続いている。
 チビチリガマでは、10年前には遺骨、遺品の残る中まで入ったが、昨年9月心なき少年たち4人が洞窟内を荒らしたため閉鎖されていた。階段を降りたところで遺族会与那覇徳穂会長の説明を受けた。少年たちは野仏を作り続ける金城実さんの指導を受け、小さな野仏を作ることで「贖罪」したのだという。
 このガマでは避難した140人のうち83人が集団自決している。
 この後、嘉手納基地を一望できる「道の駅かでな」を訪れ、4階のテラスから20平方キロの基地を見渡した。この一角にかつて核弾頭があったことを思い、身震いがする。
 久しぶりの妻美沙子との旅である。
posted by media watcher at 19:30| Comment(0) | 隅井孝雄のメディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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