2018年03月25日

 ジャーナリズムの大先輩、原寿雄さんを送る。ジャーナリズムをめぐるパネル討論と追悼のつどい、プレスセンターで開らかれる

1803 原さん会場2DSCN0907.JPG1803 原さん会場DSCN0903.JPG1803 隅井DSCN0911.JPG1803 西山DSCN0908.JPG1803 澤地DSCN0919.JPG1803 関DSCN0920.JPG
写真、1パネル討論会場、2隅井孝雄、3会場、4.西山太吉氏、5.澤地久枝氏、6.関千恵子氏
 3月10日、プレスセンターで、原寿雄さんと現代ジャーナリズムを語る会と原寿雄さん追悼会が開催された。私はぜひ参加したいと東京へ。
前半のパネル討論では、忖度ジャーナリズムに対する不信が広がる中、権力を監視し、社会正義を追求するため、組織的な調査取材、総合的な分析力が必要であることが強調された。 高い倫理性を保ちつつ、覚悟を持ってジャーナリスト精神を貫き、真のジャーナリズムの再生を図る必要のあることが、語られた。また、SNSがとってかわることのできないことも共通認識であった。発言したジャーナリストは杉田弘毅(共同通信論説委員長)、青木理(ジャーナリスト)、林里香(東大情報学環教授)、小俣一平(元NHK制作者、武蔵野大客員教授)、藤森研(元朝日記者専修大教授)の5人氏だった。原寿雄さんの教えが脈々と受け継がれていると実感した。
そのあと追悼会が開かれ、守田省吾氏(みすず書房社長)、西山太吉氏(元毎日新聞、密約事件)、澤地久枝氏(作家)、関千恵子氏(元毎日記者)などが、それぞれ、原寿雄さんを偲ぶスピーチをした。私にもスピーチの番が回ってきたので、次のような話をした。
隅井孝雄より大先輩の原寿雄さんへ
私が原さんとお会いしたのは1964年〜65年の頃、日本ジャーナリスト会議でした。民間放送という登場して間もない「遅れてきたメディア」であり、その中でも60年安保後にやっと労働組合ができたばかりの日本テレビに在籍していた私にとって、戦後のジャーナリズムを切り開いた新聞、出版の先輩たちの発する一言一言が新鮮でした。
 原さんはいつも背筋をきちんと伸ばし、姿勢良く前を向いて歩いておられた姿が今でも目に浮かびます。それは、ジャーナリストとしての原さんの姿勢と重なるものがあります。
 デスク日記の連載中、時に原さんを囲む会で当時の民放に起こった様々な状況を、お伝えする役目を担ったこともあります。60年代、当時の政権は若い活力ある新しいメディア民放ラジオテレビの力を削ごうとしていました。私たちは原さんに励まされながら権力に立ち向かいましたが、力及びませんでした。
 原さんは後半生で、民放連番組調査会(1994)やBPO(2000)にも関わられ、放送を民衆に近づけることに努力を傾注されました。BPO(放送倫理、番組向上機構)の改革に尽力され、権力の介入、干渉を排した自主機構として現在に続いているのは、原さんの貢献を抜きにしては考えられません。
晩年、お会いした時も背筋を伸ばして歩かれる姿を拝見しました。それは生涯を通じてジャーナリズムの正道を歩き、説き続けられた原さんならではの姿でした。
ご冥福をお祈りします。



 
posted by media watcher at 17:53| Comment(0) | 隅井孝雄のメディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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