2017年08月08日

空襲体験紙芝居上演、町田寿二さん(ラジオカフェディレクター)立命館大学国際平和美術館で 8/6/17

1708 リトルボーイDSCN0653.JPG1708 町田紙芝居DSCN0649.JPG1708 町田紙芝居DSCN0648.JPG 1708 町田紙芝居DSCN0643.JPG
 写真1、空襲体験紙芝居、2、神戸の空が赤く染まる、3、防空頭巾被って熱演、4、観客の小学生
 友人のFM79.7ディレクター町田寿二さん(元KBS京都)が「記憶画で語る6歳の時の空
襲体験」を語るというので、立命館国際平和ミュージアムに行った。
 自身の記憶をもとに厚紙に絵を書いて紙芝居形式で語るという趣向だ。戦争末期、6歳の時に、東京から加古川に疎開した体験が元になっている。東隣の神戸、西隣の姫路の大空襲で空が真っ赤に燃える様子、焼夷弾が降り注ぐ光景をくっきりと覚えていて、それを絵で再現した。ちなみに町田さんは日大芸術学部の一期生。絵は達者だ。
 毎晩のように空襲警報が出た、防空壕や押し入れに夜半に逃げ込んだそうだ。ある日加古川駅を発車した列車を3〜4機の艦載機が狙い撃ち、飛行機が去ったあと、銃弾にさらされて血まみれとなった乗客が、次々飛び出してくるのを目撃、それも紙芝居に映像化されている。
 空襲警報のサイレン、ラジオのアナウンサーがまるでスポーツ中継のように読み上げる、敵機襲来の「軍管区警報」、終戦を告げる天皇のラジオ放送なども盛り込まれていた。
 町田君の戦争体験は6歳(小学2年)だが会場には小学2年〜3年生が先生に引率され連れられて来ていた。小学生たちはシンとして、真剣に聞き入っていた。
 終わった後、多くの人でにぎわう戦争展の会場を一巡した。戦時中受難にあって生き延びた青い目の人形が4体ほど展示されていたのが目についた。また、リトルボーイ(広島に投下された原爆)の実物大の模型も展示されていた。この一発が14万人(1945年12月までの死者の推計)の命を奪ったことを考えると、恐ろしい。
私自身は終戦当時小学4年生。岡山県高梁町という中国山脈の中ほどにいたので、空襲にはあってはいないが、戦争が終わってすぐ、廃墟と化した東京に戻った。
 (Face Book 8/7/17) MW
posted by media watcher at 17:24| Comment(0) | 隅井孝雄のメディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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