2017年05月26日

盛岡、平泉、花巻への旅行、金色堂、宮沢賢治に魅せられた旅だった。2017.5.15~18

 20170515_020734557_iOS.jpg1705 盛岡料理札IMG_3469.JPG1705 長澤IMG_3481.JPG
 京都から盛岡へ新幹線乗り継ぎで旅行に出た。東北新幹線は、初体験。こまちとはやぶさが頭同士でつながっている。びっくりした。東京駅での乗り継ぎがスムースで5時間足らずで着いた。飛行機よりものんびり旅の雰囲気がする。
 40年ぶりの盛岡。岩手放送にいたKさんと一緒に番屋ながさわというお店で夕食。きんきの煮付けが美味だった。それより驚きは、山菜の天ぷらと刺身盛り合わせに、小さな札で一つ一つ名がつけてあったこと。初めて経験したあまりにも親切なサービスに感激。思わず写真をパチリ。

1705 金色堂IMG_3563.JPG1705 衣装2人IMG_3488.JPG1705 中尊寺 IMG_3496.JPG 写真、1. 平泉金色堂、2,3文化遺産センターで祭り衣装まとう、4. 中尊寺本堂
 5月16日
 岩手への旅二日目、友人で、最近まで岩手放送にいたKさんの案内で平泉に行く。ハイライトは何と言っても中尊寺金色堂。900年前、東北の地で栄華を誇った藤原家三代の偉業を偲んだ。藤原一族は、戦乱の世にあって、平安を望み、浄土へ向かうことを期して、そのために金の伽藍を築いたのだが、源頼朝に滅ぼされた。 しかし金色堂が残り今も輝いているのは、奇跡としか言いようがない。
 平泉文化遺産センターで歴史を学んでから、中尊寺を訪れたので、理解が一層深まった。妻美沙子は、文化遺産センターの一角で、藤原 祭りの衣装をまとって、写真に収まった。聞けば、京都の衣装店、井筒屋が作った衣装だという。

 平泉世界遺産でのヴァーチャル・リアリティVR体験 5/16
1705 VR鳳凰IMG_3547.JPG1705 VRIMG_3546.JPG1705 VRmarcIMG_3548.JPGsrc="http://mediawatchblog.up.seesaa.net/image/170520VRE9B3B3E587B0IMG_3547-thumbnail2.JPG" width="150" height="112">
 写真、1.画面に浮き出た鳳凰堂、無量光院跡の池に立つ。2. ボール紙で軽いVR,
イヤフォーンで解説付き、3. 旗が立つところがVRスポット。
  ところでこの文化遺産センターが開発中のヴァーチャル・リアリティVRを貸していただいた 。中尊寺のある金鶏山から平泉の町を望むと1,000年-900年前、京都や奈良を模した街並み、仏閣を眼下に望むことが出来る。それにイヤフォーンからは当時の町作りの説明がつく。毛越寺門前の大通りでは祭りの行列が賑わいを見せる。最も印象的だったのは、無量光寺跡に最近修復された池のほとりでヴァーチャルカメラを向けると、平等院鳳凰堂を模したといわれる、翼を大きく広げたような伽藍が飛び込んでくる。カメラを下に向けると、池の水面に、鳳凰堂が映る姿も見られる。当時の栄華は、まさに、京都、奈良の都に匹敵するものであったことがよくわかる。すっかり感心した。ポイントに来ると、自動的に解説音声が聞こえ出す仕組みも、分かり易い。京都でもそれぞれの寺社で、一刻も早くVRを導入すべきだ。1705 宮澤IMG_3520.JPG1705 賢治像IMG_3536.JPG1705 羅須IMG_3527.JPG1705 オッペルIMG_3556.JPG1705 羅須全IMG_3535.JPG

 盛岡旅行3日目、5/17. 写真1.記念館、2. 賢治像と対面、3.賢治が農民に教えた教室、4.羅須地人会の全景、5.オッペルと象
元岩手放送のkさんの案内で花巻へ。宮澤賢治記念館と、羅須地人協会を訪ねた。科学を学んだノート、宇宙についての考察、宗教に対する洞察、農業への情熱、いずれも驚くべきだが、とりわけ音楽、文学の創作は抜きん出ている。晩年弦楽器を習得しようとしていたようだ。37歳の若さで死去したことが惜しまれる。天才とも言える人物であった。孫たちに贈るために、よだかの星、オッペルと象、月夜の電信柱、宮澤賢治作品集などを買い求めた。
 花巻で次に向かったのは、花巻農業高校。敷地の一角に、宮澤賢治が住居とし、農民たちを教える教室でもあった、羅須地人協会の建物がある。入り口の壁に「下の畑に居ります、賢治」との白墨書きが復元されて残っている。内部には、居室と教室、黒板、オルガンがあった。この建物は、1969年に、ここ花巻農業高校の一角に移築された。
 なんだか宮澤賢治の「通」になったような気がした。賢治手帳雨にも2IMG_3575.JPG1705 手帳1ページIMG_3573.JPG1705 賢治手帳表紙unnamed.jpg1705 宮澤賢治download.jpg

写真1,2雨にもマケズ、3. 手帳の冒頭、4.黒革の手帳、復刻版、5.宮澤賢治
 岩手への旅、終章、驚きの復刻手帳
 宮澤賢治記念館で、童話などを買った売店で「宮澤賢治の手帳」(完全な形での復刻)を売っていたので、興味深く思い買い求めた。彼は1933年(昭和8年)9月に死去するが、その枕元に置いてあったという手帳だ。
中を開けてみると法華経や詩のような書き付が何篇かある中に、完全な形で「雨ニモマケズ」が6ページわたって書き込んであった。手帳の2ページに昭和6年と書き込みがあり、「雨ニモマケズ」の冒頭に色鉛筆で11.3という書き込みがある。
 彼はこの頃(昭和6年9月)、東京で発熱、花巻の実家に戻り、病床にあった。
 というわけで、この詩が書かれたのは昭和6年(1931年)11月3日と推定される。
 大変興味深い手帳なので大切にとっておきたい。
posted by media watcher at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 隅井孝雄のメディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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