2017年03月16日

特集、デジタル天国、デジタル地獄、私のデジタル化思い出、今も続く格闘

 1703 digitalNTVIMG_3308.JPG1703 digital sumii portrait kokubai.jpg17 03 dijital NTVIMG_3309.JPG
 以下の記事は「日本テレビ鳩友会(同窓会)会報第69号」(28年12月号)に掲載されました。
 (掲載遅れご勘弁を)
 私のデジタル前史
 テレビとコンピューターが結びつく時代が来ると私が感じたのは1983 年「世界コミュニケーション年」、“ニューメディア”なるものがしきりに喧伝されていた頃だった。当時私は民放労連の本部役員をしていたが、組合でも放送の未来がどうなるのか見極める必要があるという論議になった。そこでヨーロッパやアメリカに調査に行き、レポートを本(「ニューメディア最前線」)にした。映画やテレビの制作現場にデジタルの映像機器が入ってくる、電話やケーブルテレビがグラスファイバーにつながる。しかし地上波テレビはせいぜい「文字多重」が導入されることぐらいしかわからなかった。
 地デジが現実感を持って迫ってきたのはそれから10年後、1993年だった。そのころ私はニューヨークのNTVインターナショナルに勤務していた。折からアメリカでは、クリントン/ゴア政権が誕生、「情報スーパーハイウエイ構想」を打ち出した。毎年開かれるNAB(全米放送事業者協会)の機器展に日本から来る民放の人々と一緒に会場を回った。日本を一歩先んじていたアメリカでの地デジ進捗状況を調べることが仕事となった。規格が1080iになるのか、740pなるのかなど、大真面目で論議したことなどなつかしい思い出だ。
教材用にニュース映像を活用
 2000年、私は大学の教師に転職した。マスメディア論担当の私は、ニュースや報道番組をVTR(のちにDVD)に録画しては簡易編集でつなぎ、授業で教材として使うことになった。そして2011年地デジ転換。鮮明な映像、ダビングしても画質はそのまま。素晴らしい、の一言に尽きるといいたいが、困ったことが起きた。授業に使おうとしても、地デジ録画したものを家で編集する術がなくなったのだ。
 そこで私は素人なりに我が家にあるアナログ機器を活用、難関を突破した。
 デジタル録画機をDVR(デジタルビデオエディター)経由してアナログ録画機につないだ。必要な部分をチャプターで選び、プレイリストを作り、DVDディスクに順を追ってダビングすれば、教室で映す素材ができる。
 講演でのDVD上映、今もアナログ
 昨年大学を退任し、自宅での手作業も卒業したと思いきや、講演依頼が頻繁に舞い込むようになった。市民団体が多いが、大学やロータリーや弁護士会などからだ。
 最近テレビ報道の分野で様々な問題が起きている。国谷、古館、岸井の3キャスター一斉退任の舞台裏は?テレビ局が免許取り消しになるってどんなこと、放送法とはどんな法律? BPOっていったい何? NHKのニュースは政権寄りではないか?などなどマスコミ報道に対する一般市民の関心の高まり予想をこえるものがある。舛添問題、オリンピック問題、豊洲問題、さらには安倍政権のメディア対策の是非なども加わり、視聴者はニュースや報道番組、ワイド番組を真剣に見て疑問を発しているようだ。
 講演はたいがい1時間。池上彰の解説番組風にあれこれのニュース映像を織り交ぜて語るという機会が月に2~3回ある。著作権法では、大学の授業や、社会教育の講座のためにコピーを作ることは合法とされている。各局の報道担当の方々に、心の中で感謝しながら、テレビにニュース中から必要な素材を探し出し、デジタルと格闘してアナログDVDに編集する日々はなかなか終わらない。
 しかし、人々の関心にも波があるし、アナログ機器がいつ不具合になっても不思議ない。それほど遠くない時期に、現状を脱して、一視聴者として気楽にデジタル番組、4K、8K楽しむ日を送ることになるのではないかと予感している。
posted by media watcher at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 隅井孝雄のメディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
Media watch.gif

隅井孝雄のメディア・ウォッチブログ