2007年01月25日

盛んなアラブ世界の情報発信、カイロの衛にリンクした巨大映像制作センターはデジタル時代のピラミッド????

隅井孝雄のメディアウオッチ No. 0704(通算141)
  盛んなアラブ世界の情報発信
カイロの衛星にリンクした巨大映像制作センターはデジタル時代のピラミッド????
 01/26/07
 カイロは衛星放送の交差点
 正月休みを利用してカイロに行った。いまやアラブ世界はニュースの焦点。現場を踏みたくてもさすがの私もバグダットやベイルートに行くのはためらわれる。安全性の高いイスラム社会と言えばエジプト、それに一度は中に入りたかったピラミッドもある。
 中東でかなり重要な位置を占めるエジプトのメディア事情を調べるという目的もあった。
 エジプトの市街地に入るとビルの上にパラボラアンテナが林立している。住人の一軒一軒がアンテナを勝手に取り付けているということもあるが、気の利いた家ではいくつもの衛星を受信できるように3つも4つもアンテナを出しているからだ。リモコンはアンテナの角度も操作できる。
 カイロいう都市は衛星密集地帯である。エジプトはナイルサット衛星二基を基幹にした衛星放送ネットワークでアラブ世界の中心的役割を担っている。これにアラブサット衛星四基なども加えてドバイ(首長国連邦)、カタール(クウェート)、サウジ、レバノン、イラン、イスラエル、リビアなどの衛星チャンネルがすべて包含されている。ヨーロッパ系の衛星経由で、イギリス、フランスなどニュースや娯楽番組が入る。またアメリカのCNNMTV、コメディーチャンネル、FoxNHKなど何でも入る。私にとって目新しかったのはアル・ジャジーラ・スポーツが中東圏のサッカーを流していたことだ。もちろん始まったばかりのアル・ジャジーラ英語ニュースもばっちり入る。
 カイロ在住の私の友人は「全部見れば300以上ある」と言っていた。
 カイロに来る直前、ブッシュのイラク派兵増強案が発表され、それに続いてフセイン処刑があり、中東から発信されたニュースが日本でも氾濫した。新たに世界の脚光を浴びる中東ニュースは、カタールのドーハ、アラブ首長国連邦のドバイ、そしてエジプトのカイロが三大拠点であり、これからも重要性を増すものと見られる。エジプト国営放送の国際放送ナイルニュースも、アルジャジーラやアルアラビアに対抗しようと18日から民間資本を入れてすっかり模様替えした。
 巨大制作センター出現
 カイロが持っている特徴はこの都市がアラブ世界の映画やエンターテインメントの中心であるという利点だ。これを生かすために2年前にエジプト政府は巨大な資金を投入してカイロ郊外に「エジプト・メディア・プロダクション・シティー」(EMPC)を建設したと聞いていたので、私は滞在中の一日をさいてEMPCのスタジオを訪れた。
 EMPCはカイロから西北30キロ。50分ほど砂漠の中のカイロ、アレクサンドリア・ハイウエーを走ったところに切り開いた新開発ゾーン「シックス・オクトーバー市」にある。市の名前は1973年アサド大統領がイスラエル軍を撃破しシナイ半島を奪回した記念日にちなんだものだ。3千平方キロメートルという途方もなく巨大な敷地の中に大小あわせて31のスタジオがある。そのうち900平方メートルと600平方メートルというマンモステレビスタジオが6室あるほか、屋外のオープンセットが10種類ありそれぞれが隣接したスタジオを持つ。そしてそのすべてがマスターコントロールルームと光ファイバーケーブルを経由して衛星にリンクできるのだが、同時にリンクできるのは18番組だそうだ。
 びっくりしたのはオープンセット。カイロやアレクサンドリアの旧市街のビルがそっくり再現されてというだけではなく、ルクソール、ギザのピラミッド、スフィンクスもある。周辺が砂漠だというのに敷地の中に砂漠のセットもあった。砂漠の遊牧民ベドウインの歴史ドラマや、中東戦争の再現に使われるためと思われる。
 ハリボテピラミッドの立つ丘に登ると敷地の外に砂漠が広がっている。そしてそのまた向こうに本物のギザのピラミッドが見える。なんとも不思議な疑似体験である。一緒に行ったエジプト人のカメラマンが「撮影するならニセモノではダメだ。安上がりに制作しようという効率主義では本当のエジプト文化の味わいは撮れない」といっていた。
 それでもこの制作センターにはMBC、ドリームチャンネル、オービット、ロターナ、CNE、アル・メハワール、トターナなどエジプト、サウジ、アラブ首長国連邦などの衛星制作会社がオフィスを持ち、クイズ番組、連続ドラマ、音楽番組などを切れ目なく制作し衛星に送り込んでいる。ニュースやラジオ系の会社もここで制作した番組を送信している。音楽チャンネルも持っているアルジャジーラも、ここで番組を作っていた。しかし遠くて不便だとカイロ市内に新しい自前のスタジオを作ったと聞いた。アラブ系、衛星放送産業の隆盛ぶりを実感する。
 エジプト映画の復興にも一役
 EMPCの役割は衛星向けの番組制作だけではない。映画も制作し、エジプトの映画産業の活性化を図ろうとしている。
 1950年代以降エジプト映画の黄金時代に活躍した国立映画スタジオは分割して民間に売却され、今でも映画を作っているが、最新設備、フル装備のデジタル撮影システム、しかも衛星とオンラインで直結するスタジオはここだけである。
 エジプトの映画産業は20世紀初頭に成立し、一時はハリウッドに匹敵する興行収入を生み出したときもある。1950年代の黄金時代を経て1970年代以降テレビに押され、ハリウッド映画に食われて映画産業は衰退の一途をたどったが、1997年若い映画人による映画革命以降活性化した。EMPCもその一翼を担っている。
 EMPCでは、現在歴史上の人物の若き日を描く劇映画シリーズの制作が始またところだという。第一作の「アレキサンダー大王の青年時代」が完成間近、第二作の「若き日のクレオパトラ」がまもなくクランクインする。劇場で公開した後は各国のテレビ局や衛星局にも販売し、マルチに稼ごうという計画のようである。EMPC自体が40%出して共同制作に加わる。またアメリカのアニメのアラブ語版も制作している。アラブ全域の衛星放送が顧客になる。
 EMPCは映画テレビの技術者や演出家を養成する学校「EMPCアカデミー」を併設しているが、第一期の卒業生100人の大半は、EMPCや制作会社ですでに現場で働いているのだという。
 敷地内にはスタジオよりも大きい面積の大道具、小道具の部屋がある。のぞいてみたら古代から近代にかけての本物の家具什器がぎっしり詰め込まれさながら美術館か巨大アンティーックマーケットである。
 ハイテクデジタル装備の機材、最新式の耐震構造、そして廊下はルクソールのような古代エジプト壁画やツタンカーメン像の複製で美しく飾られている。EMPCはまさに現代のピラミッド、ルクソールであると思った。
砂漠を横切り。ナイルを渡り、再びカイロの市街地へ戻った。雑踏と喧騒、無秩序とゴミの山、そして林立するパラボラアンテナ。今にも崩れ落ちそうなビルの中ではしかし人々は数百チャンネルのテレビを見ている。不思議な街だ。
posted by media watcher at 23:29| Comment(0) | 隅井孝雄のメディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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