2012年02月19日

強まるメディアへの批判。強まる民衆の発信力。新たなメディア秩序の構築を求める。

以下の記事は2月11日和歌山市で開かれた「平和・人権・民主主義2・11集会」での講演要旨です

原発報道、沖縄、政局報道などが批判にさらされています。メディアは政財界の側に立って国民の意識を誘導して来たのではなかったかという批判です。人々が、マスメディアの状況におし流されているという現実もあります。世界では、民衆の力を増幅させる新しい情報手段の動きも顕著です。日本の民主主義とこれからのメディアの可能性も考えます。

1. 原子力の平和利用に期待する動きは第二次大戦直後がからありました。しかしそれを国際政治のパワーバランスの中で考える政治家が現れました。アイゼンハワーです。その意向を日本の国内政治に活用し使用とした政治家が、読売グループを率いていた正力松太郎です。日本テレビで1957年(昭和32年)1月に放送された「我が友原子力」をご覧下さい。

2.1970年代以降、各地の原発建設による環境への影響が懸念されるようになりました。1974年原子力船「むつ」の放射能漏れ事故は心配を増幅しました。そしてスリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発事故。新聞もテレビも危険性を取り上げる報道をしきりに行いました。プルサーマル計画と、廃棄物の処理、核兵器との関連なども問題になりした。

3.政府、財界、原子力産業はトラブル隠の一方、「日本の原子力は安全だ」という神話づくりに乗り出し、原発の建設や核再処理計画を進めました。放送では制作スタッフの配置転換が行われ、原子力産業、電力会社の広報番組が次々に登場、メディアはいつの間にか安全神話の一翼を担うようになりました。広報費は年間1000億円にのぼりました。

4.2011年3月11日関東、東北を大震災と津波の影響で、福島原発は12日、13日、14日に次々に水素爆発が起しました。炉心溶融が起きていたとみられます。政府の発表や東電の会見では安全が保たれている、人体に影響がない、チェルノブイリほど危険ではないと言われ続けました。放射能の情報もないまま、脱出する人々が危険な方向に向かいました。アメリカ、フランス、ドイツなどは状況をかなり把握していました。政府が危険度レベル7としたのは一ヶ月後の4月12日、メルトダウンの可能性を東電が口にしたのは2ヶ月後5月12日以降。なぜこんなことになったのでしょう。

5.ニュースは記者会見での発表に依存せざるをえませんでした。しかし「不都合な真実」は明らかにされませんでした。メディア側には事実を把握出来ないまま、炉心溶融などの可能性を口にすることは、パニックをあおることにならないかと言うためらいもありました。取材解説する専門性の高い記者、プロデューサーも一部にはいましたが、大部分が専門外。東電の言い抜けを容認する結果となりました。東電と一部メディアの癒着も問題になりました。欧米のメディアの場合、国連、ホワイトハウスなど例外を除いて「記者クラブ」はありませんしきりにプレスリリースが流され、記者発表の呼びかけもありますが、それぞれ個人のジャーナリストが参加するかどうかを決めます。取材先からとの関係ではかなり厳しい倫理規定があり、お茶代は自分で払う。贈り物などは一切受け取りません。

6.記者クラブは1890年帝国議会の開設にあたって、取材を認めない議会、政府に対し団結するため、個人の記者たちが禁止措置に対抗して集まったことが源流です。1941年(昭和16年)太平洋戦争前夜、新聞統制令で記者クラブも翼賛化しました。戦後アメリカ占領軍は記者クラブの解体をはかりましたが、新聞側は「親睦団体」だとして存続することになりました。2002年EUが記者クラブは排他的保護主義であるとして撤廃を要求。一部記者クラブが外国記者やフリージャーナリストに開放されてはいますが、まだまだ閉鎖的です。

7. 1960年代、日本のメディアは安保闘争やベトナム反戦運動を経験し、まだまだ批判抵抗精が旺盛でした。1972年4月、返還に際して密約があったことを明らかにした毎日新聞の記者が逮捕起訴され、有罪となりました。沖縄返還を巡る日米密約がうやむやになりました。沖縄本土返還という名で、アメリカが基地を継続して使用することを認め、沖縄の現状を固定してしまいました。沖縄の苦難は今も続いたままです。同じ頃、アメリカでは政府のベトナム戦争秘密文書がニューヨークタイムスに掲載されました。アメリカ最高裁は、「国家の機密より市民の知る権利、報道の自由が優先する」(1971年6月)という判断を示し、日米で明暗が分かれました。

8. こうした状況でメディアの情報を正しく受け取ることが大切です。放送の場合定時ニュースは出所を確かめましょう。異なったメディアの報道を読み比べ、確かめましょう。コメンテーターは信頼性を確かめましょう。調べて分析する報道番組を選んでみましょう。読者や視聴者の声をメディアの中に反映させる働きかけも必要です。

9. ネット時代、エジプトではインターネットで若者が革命を成功させました。ニコニコ動画は出席することの出来る記者会見を省略することなく全部中継します。質問はランキングなどのシステムを活用して、視聴者が寄せる疑問、意見を政治の世界にぶつけます。
震災で災害臨時放送局が活躍しています。ケータイもテレビもパソコンも流され頼りは電波で届く一台のラジオでした。被災地以外でも小回りのきくコミュニティー放送が見直されています。2008年開局の和歌山のNPO局Sweet FMが注目されています。

10. 大手メディアの一部に政界と癒着する動きがあり批判が強まっています。読者離れ、広告離れが経営を揺るがし、記事の質の低下が起きています。その一方新しいメディアのトレンドとして市民メディア、NPOメディア、コミュニティーメディアが力を得ています。新聞の信頼度が低い韓国では、インターネットを駆使する市民メディアが影響力を行使しています。アメリカでは大手メディアの調査報道の衰退を憂いた寄付金を基盤としたNPOメディアによる取材による質の高い記事が注目されています。21世紀、市民とメディアの関係は変化の入り口に立っています。
posted by media watcher at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 隅井孝雄のメディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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