2009.3.7
ゲーツ国防長官、星条旗の柩写真解禁を指示
ロバーツ・ゲイツ国防長官は2月27日、アメリカ軍戦死者の星条旗に包まれた柩の写真撮影に対する規制を解除すると発表した。この措置はバラク・オバマ大統領の要請によるもので、指示を受けたゲーツ長官は「家族の同意が得られ、プライバシーの配慮がなされれば、戦没者の栄誉をたたえる機会ともなる」として解除に踏み切った。長年にわたって戦死者の柩撮影の自由を要求してきたメディアの勝利と言える。
ベトナム戦争の際、空軍輸送機から次々に運び出される柩は戦死者の数の多さを示し、米軍の敗色が濃いことを伝えるものとして、反戦ムードを高める結果をもたらした。この苦い経験から、アメリカ軍は湾岸戦争時の1991年以降、星条旗で覆った兵士の柩の撮影を禁じていた。
ところがイラクでのアメリカ兵の死者が激増した2004年4月、クェート国際空港の航空貨物会社のアメリカ人女性社員タミー・シリシオが輸送機に積み込まれる星条旗の柩の列を撮影して、シアトルタイムスに送ったことがきっかけで柩報道論争の始まりとなった。シアトルタイムスは、「この情景を故国の母親たちに伝える必要がある」というタミーさんとのインタビューとともに4月18日の紙面に写真を掲載した。
ところでイラクからの無言の帰還兵はデラウエア州ドーバー空軍基地に戻ってくる。この空軍基地司令官に対して情報公開法にもとづく写真公表の申請が出ていた。申請者はウエブサイトを運営する編集者ラスク・キックであった。そして基地司令官は2004年4月22 日、軍が撮影した写真350枚を公開したのだった。驚愕したアメリカ国防省は即日改めて写真の公表を禁止する指示を出したのだが時すでに遅く、ワシントンポスト紙はキックのサイトから引用する形で23日の一面で大々的に写真を掲載した。ドーバー空軍基地の司令官が公開を行ったのは、クェート空港貨物会社が、写真を撮影し新聞社に送ったタミー・シリシオさんを解雇したという報道を聞いたためであるといわれている。
その後星条旗の柩が人々の目に触れることがなかったが、それから5年後の今、政権交代、イラク撤退開始という劇的な状況下で撮影制限が取り除かれることになったことは、報道の自由が一歩全前進したことを示すものと言ってよいだろう。
しかしオバマ政権のもと、アフガニスタン増派という現実があり、星条旗に包まれた柩の本国帰還はまだまだ続くに違いない。

