2017年08月29日

早稲田大学高層化進む、旧3号館を高層ビルに取り込み、歴史が巧みに近代建築と調和

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8月27日早起きして新幹線と地下鉄を乗り継いで、早稲田大学に行った。FCTメディアリテラシー研究会の40数年記念シンポジウム参加のためだ。大隈講堂は昔ながらだが、その他の建物は高層化している。おやおやと思い会場の3号館に入ってびっくり。14階の高層だが、しかしよく見るとゴシック調チューダー様式の旧三号館(4階を)そのまま取り込んでいる。さすが早稲田、後世に残るかも、と感心した。
立て看はどうなっている、と思ったら2号館の脇に「憲法改悪絶対反対、共謀罪法阻止」と大書したのがあった。見まわしたがそれ一枚きりであった。
講師は荻上チキ。今までは大メディアと市民を縦につないだリテラシーだったが、これからは市民同士のやり取りの中で起きる情報阻害を考える「横をつなぐリテラシー」が必要だという論旨だった。論点は明快だった。 
私はFCTの思い出を語った。別項として掲載するので、お読みいただければ幸い
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2017年08月26日

国際世論、国内世論に背を向ける安倍内閣、命運つきるか?

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 (以下の記事は月刊「宣伝と組織」9月号に掲載されました
 写真1. どこの国の総理? 2.核兵器禁止条約122ヵ国賛同、3. 空席の日本席に折鶴、4. 北朝鮮ICBM、5.安倍内閣以前不支持多数。

どこの国の総理なのか?
「あなたはどこの国の総理ですか、私たちをあなたは見捨てるのですか」、8月9日72回目の原爆記念日、被爆者代表として安倍晋三首相に向き合った川野浩一氏(長崎平和センター被爆連議長)はこう発言した。しかし首相がこの言葉に応えることはなかった。
国連で採択された「核兵器禁止条約」は122ヵ国が賛成票を投じた(国連加盟国199ヵ国の63%)。会議に欠席した日本代表席には一羽の折鶴が置かれていたことは象徴的な光景であった。
 被爆国日本の安倍首相が、国際世論に背を向けていることは許しがたいことではないか。
 
 北朝鮮、プーチン、トランプが作りだす核の脅威
世界は新たな核の脅威にさらされている。北朝鮮は核開発と弾道ミサイルの実験を繰り返している。ストックホルム国際平和研究所によれば、北朝鮮は10基〜20基の核兵器を所有していると試算しているが、ワシントンポストは北朝鮮が保有するのはその3倍、最大60基に上る可能性があると報じた(8/8)。
ロシアのプーチン大統領は、「ウクライナからクリミアを併合した際、核兵器使用を準備していた」と国営放送のインタビューで語った(15年3月)。トランプ大統領は「アメリカの核戦力は過去最強だ」(8/9)とツイートし、北朝鮮の出方によっては核の使用もありうると示唆した。

 核兵器の近代化、小型化進めるアメリカ
オバマ前政権時代、アメリカは核兵器開発を凍結していた。ところがトランプ大統領は就任直後「米軍再建」の大統領令の中で「核兵器近代化を推進する」と表明した(1/27)。アメリカ軍の小型核兵器B61は戦闘機や爆撃機に搭載する300kgの誘導弾だ。尾翼に遠隔操作機能を持たせ、命中度を高め、地中を貫通して地下爆発を起こすこともできるよう近代化をはかっている。核兵器を実戦に使用する可能性が高まったとの軍関係者の発言がある。
「核兵器禁止条約」を核保有国にも広げていくことは人類の生存に欠かせない。

 首相信頼できない、61%
「どこの国の総理なのか」と問われた安倍首相は、核廃絶問題だけではなくすべての政策面で国民の信頼を失っている。朝日新聞の調査(7/11)によると、首相の発言や振る舞いを見て、信用できなと答えた人が61%に達した(「あまり」40%、「全く」21%)。安保法、共謀罪の強行採決、森友問題、加計問題、自衛隊南スーダン派遣問題など相次いだ不祥事、真相隠しなどにより内閣支持率は29.2%まで低下した(7/17テレビ朝日)。内閣改造(8/3)後は支持率が若干上向いたとはいえ、ほとんどのメディアは不支持率が上回ったままだと報じている。支持、不支持の対比は次の通りだ。読売(42/48%)、朝日(35/45%)、毎日(35/47%)、日経(42/49%)、NHK(39/43%)、テレ朝(37.6/47.2%)。

 安倍改憲、再々度見送り、レイムダック化?
日本国憲法、特に戦争放棄の9条について「改憲は認められない」という日本国民の態度は一貫している。安倍自民党は憲法の全面改正を目指して「新憲法草案」掲げていながら、96条の国会発議を2/3から1/2に改めようとして失敗、教育無償化を打ち出している日本維新の会を引き込むなどの画策を続けてきた。
今年5月「9条に自衛隊を明記する」という新提案を発表したものの、「今秋の臨時国会で提案する」との発言を撤回、見送りを表明した(8/4日テレ)。
安倍首相はレイムダック(死に体)になっていると私は思う。退陣の時期は早まったのではないか。

 写真1, どこの国の総理なのかと被爆者に問われる、報道ステーション8/9 
 写真2, 核兵器禁止条約122ヵ国が賛成。報道ステーション 8/9
写真3, 国連の日本席に置かれた折鶴、羽にI wish you were here(あなたがここにいればよかったのに)と書かれてある。 時事通信 3/28
写真4, ICBMの打ち上げ成功を伝える北朝鮮国営放送のアナウンサー。サンデーモーニング 7/9
写真5, 安倍内閣の支持率、報道ステーション 8/7
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2017年08月20日

日本ジャーナリスト会議のJCJ賞贈賞式 朝日「森友」、「加計」スクープが大賞、富山のチューリップテレビも受賞

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8月19日午後日比谷のプレスセンタービルで開かれた。私も代表委員の一人として京都から駆け付け参加した。
大賞は朝日新聞の「森友学園」、「加計学園」問題のスクープと一連の報道に与えられた。
朝日からは取材記者と、編集担当4名が参加、「総理の御意向」と書き込まれた文書のスクープが最大の功績だが、「怪文書だ」とする菅官房長官に直ちに反論材料を提示したことは、内閣支持率の急激な低下の一因となった。文科省担当の藤岡記者(女性)も称賛された。東京新聞の望月記者(女性)は選考時期を過ぎての活動のため受賞にいたらなかったとの説明があった。
朝日のデスクからは、「メディアの任務は真実を明らかにすることに尽きる。政権批判で取材しているのではない」との発言もあった。
ほかの受賞は「日米合同委員会の研究」(吉田敏浩氏)、「高江・辺野古、新基地を問う報道」(沖縄タイムス)、「政務活動費不正のスクープと地方議会改革キャンペーン」(北日本新聞)、「富山市議会における政務活動費の不正を明らかにした調査報道」(チューリップテレビ)であった。弱小テレビ局とみられていた同局の、奮闘ぶりは驚きでもあった。
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2017年08月15日

わたしと戦争

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 私と戦戦争 隅井孝雄
  戦後71年、遠い昔のことになった。戦争を知る同世代の友人たちが、次々いなくなっていく。テレビの初期に活躍、顔見知りでもあった永六輔、大橋巨泉もはかなくなった。私も戦争の一端が心に残る最後の世代かも知れない。
生まれたのは1936年、昭和11年。東京市杉並区の高円寺駅から5-6分、中央線の電車、列車の走る線路にほど近いところで生まれた。父が出版社勤め、母が幼稚園の保母という共働きだった。当時の玄関脇に洋間がある二階建て住宅だった。近くには、棟続き六軒長屋もあった。近くの線路脇の原っぱで近所の子たちと戯れる無邪気な子供だった。
写真説明、1. 廃墟の新宿、三越と伊勢丹が残っている。2.疎開先の岡山県高梁小学校、
3.戦後東京に戻って通った中野区大和小学校、4現在の高円寺駅、私の生家はこの近くだった。

 1941年(昭和16年)12月8日、真珠湾攻撃。大戦果を祝って日の丸の小旗を打ち振る行列に加わった記憶もある。しかしそれが一家の平穏な暮らしを大きく変えた。
 私は1942年(昭和17年)学校に上がったが、小学校ではなくなっていて、国民学校一年生であった。教科書は「すすめ、すすめ、へいたいさんすすめ」だった。 その年4月18日、米軍の爆撃機による東京初空襲があった。いわゆるドーリトル空襲、B25により荒川、小石川、牛込などが被災した。B29爆撃機による東京への本格的な空襲はその2年後1944年(昭和19年)11月以降のことになる。
 しかし私の家族は極めて早い時期に東京から避難することを決めたと思はれる。国民学校2年生になったばかりの私は、姉とともに母に連れられ、母の実家のある岡山県高梁町に移り住んだ。いわゆる「縁故疎開」であった。そこは岡山市から北へ50キロ、中国山脈のただ中にある。時折かなりの高度で北上する米軍機を見かけることがあった以外、直接戦争の被害が及ぶことはなかった。
8月6日、広島に新型爆弾が落ちた、大きな被害が出たときいた。そして8月15日、重大放送があるということで母屋の縁側に置かれたラジオの周りに10数人が集まった。小学4年の私には理解できなかったが、大人たちが戦争は終わったと話していた。
 東京に帰った。高円寺の私の家は空襲激化の中で強制的に取り壊されていたため、東京中野区大和町のある邸宅に間借りすることとなった。父親の知り合いの紹介だったが、家の主は表札だけ残していたものの住んでおらず、4世帯が住んでいた。今から考えれば、それぞれ空襲で家を失った人々であり、今風に考えれば「難民だった」といえよう。台所やトイレは共同して使った。その家の道一つ向かいに風呂屋さんがあった。 
 東京に戻った私は小学校4年生だった。学校では教科書の軍国主義的ページを習字の紙で覆うことから始まった。数行消せばいい部分は筆で墨塗りした。5年生になったとき配られた教科書はB版全紙大の一枚の紙だった。折りたたんで折り目の部分にはさみを入れると、一冊の本になった。それが教科書だった。6年生になったとき「新しい憲法の話」が配られた。先生の説明を聞いた後、作文を書いた。戦争をしないということへの感動の気持ちを綴った。それが中野区のコンクールで優秀賞を得た。今でも憲法9条を維持すべきだと考える私の原点だ。
 この記事は8月15日に放送されたラジオ番組(FM79.7京都ラジオカフェ)の終戦特集の一部に加筆した。
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2017年08月13日

映画評「ヒットラーへの285枚の葉書」

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 2017.8.1
 ナチスに抵抗する映画はこれまでたくさん見てきたが、ドイツ国内でヒットラーに抗議の行動を起こした人物を描いた映画は初めてだった。
 映画は冒頭でパリ陥落を描くがそれ以外はすべてベルリン市内中心部ヤブロンスキー通り55番のアパートが舞台になっている。軍需工場の職工オットー・ハンペル(ブレンダン・グリーソン)、その妻でナチ女性同盟のメンバーでもあったアンナ(エマ・トンプソン)、そして姿の見えぬ二人の影を追うゲシュタポの警部(ダニエル・ブリュール)の3人が主役だ。
 オットーは一人息子ハンスが戦死したという知らせを受け、父親として怒りを覚えた彼は「あなたは私の息子を殺した、あなたの息子も殺されるだろう」とはがきに書き付けた。それを市内のあるビルの階段にそっと置いた。
 オットーとアンの葉書を置く行動は、次第に大胆になる。エッシャリヒ警部は置き去られた葉書の回収と犯人の捜査に懸命になるが、アレクサンダー通近くに住む人物だと見当をつけたものの、葉書は100枚、200枚と増え続ける。
 劇中、アパートに住んでいたユダヤ系の住人たちが次々に姿を消しというエピソード、ゲシュタボ警部が、親衛隊幹部に怠慢をとがめられ殴り倒されるシーンなどのエピソードも緊張を高める。
 ゲシュタポの残した記録から、実話をもとにドイツ人作家ハンス・ファラダの「ベルリンに一人死す」が原作。映画は独、仏、英3ヵ国の共同制作であり、台詞はすべて英語で語られる。原題はAlone in Berlin。この方が内容にふさわしい。日本語題名はあまりにも説明的過ぎる。
 ナチの圧政に対し、ベルリンの町中で繰り広げられた抵抗する庶民の姿に感動を覚えた。ラストシーンで285枚の葉書が、ベルリンの中心街を舞うシーンは圧巻だ。
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