2020年09月25日

NHK、ネット事業制限撤廃、一方でラジオ第二、BS1廃止の矛盾     隅井孝雄

 
NHKはこれまでインターネット業務の予算枠を全体の2.5%に抑えてきたが、9月15日、その制限枠を来年度から撤廃する考えを明らかにした。
好調の波にのる「NHKプラス」
4月に開始したネットサービス、「NHKプラス」がたまたまコロナによる「外出自粛」と合致し、好調の波にのった。”この際一気にネット拡大に向かいたい”という思惑が見て取れる。ネット業務の拡大について、NHKは建前として「抑制的な管理に努める」としている。
かねてからNHKのネット進出を警戒する民放連は「NHKは放送とネットを横並びに位置付けている」との懸念を表明、逆に現行受信料の引き下げ(地上波月額2230円)を求めた。
NHKのネット業務費は2020年度予算で170億円(受信料の2.4%)。別枠の東京五輪関連のネット費19億円を含めると189億円(受信料の2.7%)となる。
「NHKプラス」主体のネット業務は2021年には197億円に、22年は194億円になる見通しも発表された。それぞれ受信料の2.94%、2.90%を占める。
一方で事業規模縮小か?
合点がいかないのは、NHKが今年8月4日に発表した3ヵ年計画で事業規模を現状の7200億円から、6000億円台に縮小する方針との整合性だ。番組やチャンネルを縮小する一方ネットビジネスを拡大するということとの間の矛盾は大きい。
NHKネット業務の主力はなんといっても「NHKプラス」だ。同時配信ももちろんだが、見逃し視聴、追いかけ視聴、地方番組サービスもあり、視聴者にとっては便利な存在に違いない。しかし受信料を支払っている視聴者であれば無料で利用できる。NHKがインターネットをビジネスとして活用することは放送法上できない相談だ。
にもかかわらずネット利用に執心するのには何か別の魂胆があるのではないかとの疑いをすら持つ事態だ。
高市早苗総務大臣(当時)がネット事業の上限撤廃に見直しを求めた(9/16)
NHKは上限撤廃されれば、地方局制作番組のネット配信期間を7日間から14日間に延長する、在外邦人向けの「NHKワールドジャパン」のネット同時配信を始めるといっている。

都市放送の歴史持つ、ラジオ第二放送打ち切り?
一方3ヵ年計画でNHKが打ち出した、ラジオ第二とBS1の視聴者に断りもなく一方的廃止には私は断固として反対する。
ラジオ第二放送は今では教育教養、それも語学講座が主体だが、1931年以来半世紀の歴史を持つ。東京、大阪、名古屋に聴取者が留まったことから局名を1939年に「都市放送」と改称した。そして都市知識層向けの、教養、講座、文芸、音楽番組に力を入れた。
太平洋戦争中「都市放送」は休止されたが、終戦直後再開、学校放送、プロ野球中継、大相撲、音楽放送など、柔軟編成で親しまれた。また「農村」向け、「漁村」向け番組なども開発した。
BS1、世界を身近に感じるチャンネル
BS1も貴重な歴史を持つ。開始は1984年5月12日。日本初となる人工衛星を利用して受信可能なテレビ放送を開始したのがBS1、衛星放送のパイオニアだった。
その後、デジタル化の曲折を経て、現在はスポーツ、ドキュメンタリー・情報番組・海外報道に特化して放送している。世界に触れようとする場合、BS1が最も豊富な海外ニュース報道を提供しているので、欠かせない貴重な存在だ。
2020.10.01
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2020年09月20日

安倍首相退任と菅後継の裏側

1,菅IMG_0388.jpg2,岸田IMG_0387.jpg3,石破IMG_0389.jpg4,IMG_0385.jpg
 8月28日、突然の記者会見の席上、安部晋三首相が辞任を発表、7年8カ月の長期政権は終止符が打たれることになった。首相の辞任を初めて知った市民の間には「まさか」のことだった。しかし自民党の上層部の一部では次期政権を菅義偉官房長官に委ねることを含めた話し合いが8月中旬以降行われていた。
 病気退任は口実?
 安倍首相は8月17日と24日に慶応大学病院で受診した。潰瘍性大腸炎が再燃したとの診断を受けたと28日の記者会見で述べた。2007年第1次安倍内閣の終わりかおなじだが、今回は入院したわけではない。そこで長年にわたる森友、加計学園、桜を見る会問題などの追及にコロナ問題が重なり、すっかりやる気をなくした口実に「病気」を使ったのではないかとの見方をする記事がネット上でかなり見る。
 今回最初に持病再発と退陣説を報じたのは写真週刊誌「FLASH」(8/4発売)だった。官房長官の菅義偉氏が記者会見で病気説を即座に打ち消したのだが、その裏で退任の意思と、後継に菅氏を選ぶ話し合いが進行した。
安倍首相自身は8/15日以降、ひんぱんに麻生副総理に“相談”を持ちかけた。麻生氏は「少し休めばいい」と慰留したが、辞任の意思は固く、麻生氏、二階俊博幹事長らとの話し合いの中で「菅官房長官」が後任に浮上した。
 石破氏にだけは渡さない
一時期、安部後継として有力視されていた岸田文雄自民党政調会長は、コロナ問題で、減収世帯への30万円が撤回され、全国民への一律10万円に改められたことがつまずきとなって、政権主流派から見向きもされなくなった。
もう一人の候補石破茂氏は共同通信の全国緊急調査「次期候補に誰がふさわしいか」(8/29,30)で断トツの一位となった。石破氏34%、菅氏は14%に止まり、そのあとに12%の小泉新次郎氏10.1%、岸田氏7.5%で続いた。
しかし安倍首相は「石破にだけは政権を渡したくない」として考えをめぐらしたのだという。
取り仕切った二階氏
後継が「二階幹事長と連携している菅官房長官になる」という話がメディア関係者に届いたのは8/20以降だった(ヤフーニュース9/7)。以後、細田派、麻生派、竹下派、二階派など次々に主要派閥が菅氏支持に回ることとなる。
首相は辞任会見で後継指名をするかと聞かれ「総裁選びは党に一任する」と発言した。その結果、自民党幹事長である二階氏が取り仕切ることとなった。
菅氏はコロナ対策を始め、経済、外交、防衛などの政治課題について安倍政権の政策を継承するという。何の新鮮味も進歩もない政権となることがあらかじめ予測される。
森友、加計、桜を見る会、辺野古の基地建設などで菅氏は防波堤役を果たしてきたことの論功行賞の意味合いもある。
菅氏は自助、共助を強調
メディアへの情報量を最小限にし、批判的な恫喝する官邸の手法は菅氏後継がいなくても内閣広報室などにすでに受け継がれている。自民党総裁選は9月8日告示されたが、そこで示された菅氏の基本政策は、「アベノミックス」を引き継ぎ、規制改革に全力を挙げるという点だった。さらに菅氏自身の口から「私の目指す社会は自助、共助、公助そして絆です」との発言が聞かれた。いいかえれば「国はちょっぴり援助するが、あとは自分たちでまかなえ」とも受け取れる苛烈きわまる言葉ともいえる。
支持率のある時に選挙をしたい
安倍内閣は辞任の報を受けて急上昇し、支持率が64.2%(サンデーモーニング9/13)に達した。今年3月から8月にかけて32%~35%台を低迷したのと比べ、文字通り雲泥の差だ。
このことが菅氏の率いる新政権に思わぬ影響を与えることがありうる。本人は一定の期間、政権を保ちたいだろうが、早くも党内から「今」解散総選挙の声が出始めた。

9月15日、予想通りに菅氏が自民党総裁に選ばれた。
漕ぎ出す新政権は、自民党盥(たらい)のなかで波に揺れる木の葉より軽い存在だ。

写真、菅、岸田、石渡、内閣支持率 いずれも9/13 TBSサンデーモーニングより

2010 機関紙協会京滋 宣伝と組織 2020年10月号 隅井孝雄


 
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2020年09月19日

江利チエミ、12歳から米軍キャンプ巡りでジャズを歌いはじめた。ジャズとミュージカルをしきりに歌った。

 2009 江利チエミimg_0ecf5be7089154a938936bae897325a8166622.jpg2009 江利チエミ51BZMb9FP4L._AC_.jpg
 コミュニティーラジオの音楽番組。今回は江利チエミの英語の歌、英語と日本語を交えた歌を特集しました。9月9日放送
 「トゥー・ヤング」 
オープニングで聴いていただいた曲は「トゥー・ヤング」でした。オールディーズとして多くの人々に親しまれた曲です。若い頃江利チエミが好んで歌った曲です。15万枚のヒット曲になりました。今回お送りしたのはLPより古いSPレコード盤に録音したものを再生しています。SPに特有なスクラッチ・ノイズがはいりました。懐かしいと思う方もおられるかもしれません。
江利チエミは45歳の若さでこの世を去りました。しかし彼女の明るい、張りのある歌声を聞く人は今も絶えません。(私と同世代)
チエミは12歳、戦後間もなくという時代、進駐軍のキャンプ巡りから歌手生活を始めました。ラジオやレコードで聞き覚えた巧みな英語でジャズを歌い、進駐軍のアイドルに。
 「テネシーワルツ」
1952年、15歳で出したデビュー曲「テネシーワルツ」をおとどけします。当時シングルで23万枚を記録、江利チエミと切り離せない歌になりました。
今ではみんなに知られているこの曲ですが、チエミのファンだったアメリカの元兵士の音楽家から送られたレコードを聴覚え、それに自身で日本語歌詞をつけました。
 「踊りあかそう」
チエミはミュージカルにも挑戦しました。My Fair Ladyのなかの、「踊りあかそう」をお届けします。出だしは日本語、後半英語で歌います。
 「ショーほど素敵な商売はない」
最後に「ショーほど素敵な商売はない」をお聞きいただきながらお別れです。アーヴィング・バーリンのミュージカルです。日本語で歌います。
江利チエミ、1937年東京下谷生まれ、父親は吉本に所属する音楽家、クラリネットやピアノの名手でありバンドマスター。母親は東京少女歌劇団出身の女優。
1949年、12歳で進駐軍のキャンプ巡りで歌手生活に入った。得意の英語を駆使して。ジャズやポップスを英語で歌い、米軍兵士たちのアイドルになった。
 1952年、15歳で「キングレコード」メジャー・デビューを果たした。シングル盤SP
の「テネシーワルツ」、「家へおいでよ」裏表版は、23万枚を売り上げた。そして美空ひばり、雪村いづみ、三人娘の黄金時代を築いた。翌1953年にはテレビの登場で時代の波に乗った。その後1959年には主演した「サザエさん」がヒットして、10回シリーズを記録した。1959年、映画の縁で高倉健と結婚。
 その後、財務を任せていた異父姉の横領事件があり、高倉に迷惑をかけまいと離婚を申し出た。その一方多額の借金返済のため働きづめで完済。しかし歌声は衰えを見せなかった。
 1963年、ミュージカルに進出、「マイフェアー・レディー」でテアトロン賞を受賞するなど、舞台でも活躍したが、1982年、45歳で死去した。

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2020年08月31日

戦争を語り継ぐ




2008 24,1戦争童画集IMG_0308.jpg2008 24,2吉永IMG_0309.jpg2008 9,3長崎下平IMG_0310.jpg

写真、1.戦争童画集(NHK8/24)、戦争童画集の進行役吉永小百合さん、「長崎が壊された日」(NNNドキュメント8/9)で原爆の恐怖語る、下平作江さん
 広島原爆投下、長崎原爆投下、そして終戦。私たち日本人にとって忘れることのできない日々が巡ってきた。忘れられない戦争の記憶は私にも鮮明に残る。それを新たにしてくれるのが、一連の「終戦特集」だ。今年も「沖縄戦、出口なき戦場」(8/2NHKスペシャル)、「焼き場に立つ少年をさがして」(ETV特集8/8)、「終戦75年スペシャル、女性たちの8・15 」(TBS8/15)、「明子のピアノ、被爆したピアノが奏でる和音」(BSプレミアム8/15)など心に残る多くの番組が放送された。
 中でも「長崎が壊された日」(8/9NNNドキュメント)で下平作江さんが85歳の今も悲惨な長崎原爆体験を語り続ける姿に心打たれた。下平さんは10歳のとき被爆した。40歳まで被爆体験を“つらすぎる”と語らないできた。しかし「体験したものでなければ語れないことが多くある」と考え、以来訴えを続けてきている。
彼女の最大の気がかりは、被爆の体験をどうしたら次の世代へ伝えて行けるのかということだという。私も下平さんと同年代。若者への伝承は私自身の課題でもある、そういう思いで多くの番組を見た。
 吉永小百合さんも戦争を語り続けている。終戦の年生まれであるが、広島を舞台にした「愛と死の記録」、沖縄戦を描いた「あゝひめゆりの塔」など戦争にかかわる数多くの映画に出演しその苛烈さを知った。そして反戦詩の朗読などに力をそそぐ中、いつしか彼女のもとに戦争体験者や被爆者から手紙がくるようになった。その数およそ5000通。
最近それらの手紙を公開した。同時に映画監督山田洋次さん、音楽家坂本龍一さんらと語らい、これらの手紙や手記をもとにした番組作りに参加した。
 広島の原爆投下と沖縄戦のひめゆり学徒を、現在のコロナ禍と絡めて描いたオムニバス・ドラマ「戦争童画集〜75年目のショートストーリ」(NHK8/24)はこうして生まれた。番組案内役を吉永小百合さん自身が演じた。
 広島、長崎の被爆者平均年齢は83.31歳に達しているという(厚生労働省調査)。「戦争を語り継ぐ」ということは、終戦から75年の今年の最重要テーマだと改めて思った。(ジャーナリスト、すみいたかお)

赤旗ラジオテレビ欄コラム「波動」8月31日掲載 隅井孝雄

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戦争を語り継ぐ

2008 24,1戦争童画集IMG_0308.jpg2008 24,1戦争童画集IMG_0308.jpg
写真。1.戦争童画集(NHK8/24)、戦争童画集の進行役吉永小百合、「長崎が壊された日」(NNNドキュメント8/9)で原爆を語る下平作江さん
 戦争を語り継ぐ
 広島原爆投下、長崎原爆投下、そして終戦。私たち日本人にとって忘れることのできない日々が巡ってきた。忘れられない戦争の記憶は私にも鮮明に残る。それを新たにしてくれるのが、一連の「終戦特集」だ。今年も「沖縄戦、出口なき戦場」(8/2NHKスペシャル)、「焼き場に立つ少年をさがして」(ETV特集8/8)、「終戦75年スペシャル、女性たちの8・15 」(TBS8/15)、「明子のピアノ、被爆したピアノが奏でる和音」(BSプレミアム8/15)など心に残る多くの番組が放送された。
 中でも「長崎が壊された日」(8/9NNNドキュメント)で下平作江さんが85歳の今も悲惨な長崎原爆体験を語り続ける姿に心打たれた。下平さんは10歳のとき被爆した。40歳まで被爆体験を“つらすぎる”と語らないできた。しかし「体験したものでなければ語れないことが多くある」と考え、以来訴えを続けてきている。
 彼女の最大の気がかりは、被爆の体験をどうしたら次の世代へ伝えて行けるのかということだという。私も下平さんと同年代。若者への伝承は私自身の課題でもある、そういう思いで多くの番組を見た。
 吉永小百合さんも戦争を語り続けている。終戦の年生まれであるが、広島を舞台にした「愛と死の記録」、沖縄戦を描いた「あゝひめゆりの塔」など戦争にかかわる数多くの映画に出演しその苛烈さを知った。そして反戦詩の朗読などに力をそそぐ中、いつしか彼女のもとに戦争体験者や被爆者から手紙がくるようになった。その数およそ5000通。
 最近それらの手紙を公開した。同時に映画監督山田洋次さん、音楽家坂本龍一さんらと語らい、これらの手紙や手記をもとにした番組作りに参加した。
 広島の原爆投下と沖縄戦のひめゆり学徒を、現在のコロナ禍と絡めて描いたオムニバス・ドラマ「戦争童画集〜75年目のショートストーリ」(NHK8/24)はこうして生まれた。番組案内役を吉永小百合さん自身が演じた。
 広島、長崎の被爆者平均年齢は83.31歳に達しているという(厚生労働省調査)。「戦争を語り継ぐ」ということは、終戦から75年の今年の最重要テーマだと改めて思った。(ジャーナリスト、すみいたかお)

 赤旗ラジオテレビ欄コラム「波動」8月31日掲載 隅井孝雄
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