2019年03月17日

京都ラジオカフェの音楽番組、2月27日は20世紀を代表するジャズ歌手、ビング・クロスビーの登場。レコードと映画とテレビのマスメディア時代を切り開いた万能歌手、俳優

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 ラジオカフェの音楽番組、2月27日は20世紀を代表するジャズ歌手、ビング・クロスビーの登場。司会は私隅井孝雄と松岡千鶴。
 1903年生(明治36年)生まれというから、生粋の20世紀人。大戦中の1930年代から、戦後の40年代、冷戦の50年代、高度成長の60年代にかけて活躍した。1977年、ゴルフ場でコースを回りながら倒れて死去。時代とともに幸せな人生を生きた歌手と言えよう。
 大学生の時、友人とジャズバンドを結成、演奏活動に熱中して大学を中退、1926年(昭和元年)人気オーケストラ、ポールホワイトマン楽団内で、「リズム・ボーイズ」というコーラスグループを結成、人気グループとして活躍を始めた。1931年以降はソロ歌手に。始まったばかり(1927年CBS)のラジオ時代に「ビング・クロスビー・ショウ」を持ち、全米の人気を独り占めした。この時代隆盛を極めたハリウッドにも進出、トップスターに。「わが道を往く」でアカデミー主演男優賞を受賞。出演57本、皇帝演舞曲、喝采、ホワイト・クリスマス、上流社会、駅馬車。
 1950年代、テレビが始まると、ショー番組「ビング・クロスビーショー」、トーク番組「The Hollywood Place show」 で花形に。レコード、ラジオ、テレビ、の新しいメディアに君臨する存在となった。マイクに口を近づけたり、話したりしながら立体的な音楽を生み出す魔法クルーナー奏法はビング・クロスビーが生み出し、その後フランク・シナトラ多くの歌手の奏法に影響を与えた。 魅惑の歌手、ビング・クロスビーの歌をたっぷり放送した。
 ビング・クロスビーと曲名でyoutube検索すれば曲を聞けます。
1. My Blue heaven,  
1920年代のミリオンセラー、日本でも「狭いながらも楽しい我が家」という歌詞の「私の青空」で知られている。1920年代エノケンが浅草オペラで歌った。
2. Prisoners of Love
1930年代リズム・ボーイズのヒット曲、
毎晩一人でいても、君はぼくを、見つけるだろう。ぼくは君に首ったけだ。
3.Ain’t Misbehavin’、恋のとりこ
映画でも共演しているクロスビーの親友、ルイ・アームストロングがヒットさせた。愛しているから、いつも君を想っている。話す人がいなくても、一人で歩いていても、わたしはしあわせ
3. April Showers
春の足音が聞こえる今日この頃、少し早いが春の歌を。尊敬する先輩アル・ジョルスンに敬意を表して歌う。エイプリール・シャワーが咲く花を運んでくる。
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2019年03月16日

政治避けるNHKニュースの娯楽化、政治離れを促進

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 NHKニュースの娯楽化が著しい。政治や社会問題に肉薄する姿勢が見られない。
 今年2月に入ってからの「NHKニュース7」のトップ項目を調べてみたところ、トランプの動き関連6回、暖冬、寒波など気候の話題4回、水泳池江選手など有名人、タレントの話題4、統計不正4回、はやぶさ2回など。日韓外相会談、ホンダ英国撤退、天皇退位がそれぞれ1回だった。
 1月末に国会が開催し、統計不正はもとより、消費税、改憲、アメリカからの兵器爆買いなど予算案審議、千島列島返還などロシアとの交渉、辺野古新基地をめぐる県民投票など重要な政治課題が目白押しであったにもかかわらず、基幹ニュースのトップ記事がこのありさま、トランプがトップとはまことに情けない。
 アメリカでは「ニュース」は「ニュース」
 私は1980年代半ばから、90年後半までアメリカで報道取材に携わった。その経験からすれば、日本の公共放送であるNHKの報道ぶりは非常識だ。
アメリカではネットワークの全国ニュース(午後6時半)は同じ30分だが、トップ項目は常に議会、大統領など政治の動向チェックだ。経済、国際、重大な社会ニュースが続き、てきぱきと30分、アメリカを丸ごととらえたニュースを選択して伝え、大きな影響力を持つ。
 全国ニュースの中には天気予報も、芸能ニュースも、スポーツニュースもない。天気はもっぱらローカルニュースで伝えられる。芸能系のニュースは夕方の著名番組「エンターテインメント・トゥナイト」(CBS)、朝のワイド番組「トゥデイ・ショー」(NBC)など、局ごとに別の報道枠がある。スポーツニュースを見たければESPNなどの専門チャンネルを見る。CNNなどケーブル系のニュースでも、「ニュース」、「芸能ニュース」、「スポーツニュース」はそれぞれ別個に編成されている。つまり、柔らかネタを優先、重要なニュース報道を薄めるようなことは決してしない。
 NHKニュース7は視聴者数も多く日本を代表するニュース枠だ。それが政治を避けて、娯楽化しているのは、日本の市民の政治離れを促進していることになる。
 市民の支払う受信料に見合うだけの、まともなニュース報道をするよう、強く求めたい。

NHK問題大阪連絡会ニュース 2019年3月号
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FM79.7(京都三条ラジオカフェ)2月13日はジョーン・バエズの特集を放送した。反戦歌手とレッテルは一面でしかないステレオタイプの見方、多様なバエズを

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 FM79.7(京都三条ラジオカフェ)2月13日はジョーン・バエズの特集を放送した。
 ジョーン・バエズと言えば1960年代、ベトナム戦争に反対の反戦歌手として知られた存在。「花はどこへ行った」、「風に吹かれて」、「勝利をわれらに」などで有名だ。また、フォーク歌手の代名詞として知られている。しかし、それは歌手ジョーン・バエズの一面でしかない、ステレオタイプのとらえ方だ。トラディショナル・フォーク、バラード、ブルース、クラシックなどなど。多様な歌手としてのバエズを知ってほしい。透き通るような声をギターにのせるジョーン・バエズの歌声聞いていただければと思う。
 1941.1.9 NYスタッテン島生まれ、78歳、現役で活躍中。2017年ロックの殿堂入り。ヴォーカル、ギター、ピアノ、ウクレレ、ジャンベ(アフリカの打楽器)
 曲名とジョーン・バエズでyoutube検索してください
 https://www.youtube.com/watch?v=tRgOf2bRE10
1. Fortune(フォーチュン)
人生いろいろ理由があるが、運がなければ、監獄に行くかも、ウイスキーを床にこぼすかも、雨に打たれてさまようかも、爆弾が落ち、高層ビルが廃墟になるかも
2. Plaisir D’amour(愛の喜び)
愛の喜び、愛の苦しみ、すべてを越えて、あなたの瞳が私にキスしている、
18世紀の、19世紀のフランス作曲家、マルティーニの作品
3. Pak up your sorrows (悲しみをわが手に)
悲しみがいっぱい詰め込まれている、それを全部私に下さい、若くして夭折したリチャード・ファリーニヤの名曲
4. Manha de Carnaval (オルフェの歌)
オルフェの歌、1959年のフランス映画「黒いオルフェ」の主題歌。
昇れ朝の陽よ、目覚めの時 ギター爪弾き 歌え、朝の歌に命よみがえる。
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2019年03月10日

東海道53次一斉アピール、憲法変えるな、安倍やめろ、三条大橋に、弥次さん、喜多さんが応援に駆け付ける

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 3月9日、京都三条大橋のたもとで、政治イベントを行った。不肖わたしメ、隅井孝雄が司会、インタビューの役回りを演じた。100人超える人が集まり、道行く人、観光客、外国人に「戦争する国ゴメン、政治を変えよう」と訴えた。東海道53次一斉アピールの一環。東京の日本橋に始まり、53次の内46の宿場で、一斉ビラまき、署名、街頭演説など各地で展開された。
 京都の目玉は200年の時空を超え、タイムスリップでやってきた弥次さん喜多さんが応援に駆け付けたこと。実はこの二人、「京都映画人9条の会」からやってきた撮影所の俳優さん。沖縄に対する安倍首相の素っ気なさ、敵もいないのに巨額なイージス・アショアをアメリカから買う、無定見、経済が安定していないのに消費税などとんでもない。江戸から来た二人が、現代日本を喝破した。
江戸時代は250年以上も戦争がなかったそうだ。おかげで浮世絵、歌舞伎など庶民文化が大いに栄えた。消費税とかいうけったいな代物はなかった。
 弥次喜多が前回三条大橋にたどり着いたのは享和2年(1802年)あるいは、文化11年(1814年)と2説あるが、いずれにせよ200年以上前。
 ちょんまげ、脚絆姿の弥次喜多さんが配るビラは、結構大橋渡る通行人が「何だろう?」もの珍しく受け取ってくれ、捌けは上々。記念写真を撮る人もいたがインスタ映えしたようだ。
 このイベントは、東京のマスコミ9条の会で会長をしている旧知の仲築間卓蔵さんが発案して、京都にも呼びかけてきた。ユニークなアイデアが実った、成果を上げたことで、発案者である仲築間さんもさぞ満足していることだろう。
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2019年03月08日

安斎育郎さん3.11を語る、「事態を侮らず、過度に恐れず、理性的に向き合う」、帰還可能区域は広がっている。

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 3月4日、KBS労組の主催で「3.11から8年〜東日本大震災、東電福島原発事故」という集会が開かれ、国際平和ミュージアムの名誉館長で、放射線防護学専門家の安斎育郎さんが講演した。安斎さんは3.11の直後福島に放射線被曝の実地調査に入ったほか、その後も月一回福島に通い続けている。そして被曝のリスクを減らす方法の提言や相談活動に取り組んでいる。安斎さんの福島通いは2019年1月で57回に達した。
 安斎さんは1964年に設立された東京大学原子力工学科の一期生。しかし1972年、日本学術会議で原子力発電の危険性を発言したことからアカデミック・ハラスメントの対象となり、尾行が付き、軟禁状態が17年続いた。
 3.11では、少ない反原発学者として、調査や提言に活躍、その後も「事態を侮らず、過度に恐れず、理性的に向き合う」ことを提案している。安斎さんによれば福島県下の一日当たりの線量は、全国平均の1〜2マイクロシーベルトに近づいており、帰還可能地域は広がっているという。しかし、山岳地帯は4〜6マイクロシーベルトなど高い放射能数値が出ており、除染も不可能だ。またセシウム139の汚染は10分の1に減るには100年かかり、数百世代先に負の遺産をもたらす。エネルギー源を太陽光、地熱などにできるだけ早く切り替えるしかない。
 現状では被爆者同士の対立があることが心配だ。野党が原発ゼロ法案を共同提案していることは救いだ。などと語った。
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